※哀しみの残骸


※逆→伊椎
※R指定
※死ネタ



笑顔が乾いて黒に塗り潰されていく。その代わりに瞳に映る彼の残像は、紅い目を柔らかく閉じ、湿った地面に横たわる姿。それはまるで人形のように硬直し、震える手で触れても身体はぴくりとも動かなかった。いつもなら暖かいその頬も今では俺の手よりも幾分も冷たかった。俺は両手で彼の頬を挟んで顔を寄せ、彼の額に自分の額をつけた。名前を呼んで彼を呼んで、彼を揺すり揺すり上げ起こそうとはしたけれど、彼は不機嫌に顔をしかめることも優しげに笑うこともなく。ただ、この空間の時間だけが止まったような感覚がした。だがそれは、俺がそうやって信じたい世界でしかなかった。そんな世界は、信じることさえ叶わない。


だって彼は彼は、もう


「あ、ッあ…椎名」


もう


「ッ、しい…な」


いない


「伊佐、奈」
滑らかで黒い大きな、あの兎とは正反対の指が俺の目元に溢れた水滴を拭った。表情などないはずの海洋生物の顔が一瞬歪んだ気がしたのは俺の気のせいに違いない。俺は乱暴にその指を払いのけ、再び鯱の背中に回した手に力を込めた。ぶちりと肉の裂ける感覚が爪を通じて身体に染み込む。手首へ張り付くようなどろりとした紅い液体が伝っていくのが分かる。その小さな痛みに目の前の部下が耐えている姿を見て嘲笑しようとしたが、俺の喉からはただの掠れた声しか出てこなかった。
またもや、たかが鯱の目が人間のように曇ったような気がしたと俺が馬鹿らしい考察をしている間に、鯱は自身のその鋭利な歯を剥き出して、荒い息と共に珍しく弱々しい声を吐き出した。

「伊佐奈、もう止めにしましょう。こんなこと…間違ってます」
「こんなこと、だと?」

掠れた声を絞り上げて鯱を睨みつける。しかしまたも珍しく鯱は俺相手に強気で、自身を中から抜こうと俺の股関節を掴んだ。
瞬間、瞳の奥で椎名の笑顔とあの日の死に顔が交互に映し出しされる。吐き気を催し、床に向かって顔を背けると鯱の手が優しく俺の背中を摩った。しかしその度に残像は蘇り、胃にはもう何もないのに気持ちの悪さが俺を襲った。


――まだだ、足りないまだ足りない。
これじゃあ、まだ


「ッあぁぁ!!」
俺は片方だけになった鯱の黒い腕を股関節から無理矢理剥がし、再び自身の中へ肉棒を埋め込んだ。ずぷりと思い切り入ったそれが自身の前立腺を刺激し、掠れながらも色味を帯びた叫び声が出る。そして快楽に溺れた激しい息遣いのまま、目を見開いて驚いている鯱を見遣る。

「シャ…チ、もう、一ッ回、」
「ッ何を!!伊佐奈、貴方」
「ッ、いいから早くやれよっ!」


もし
俺のこの身が心が
壊れても

あいつとの
幸せだった思い出が
全部、全部


「…シャチお願いだ。早く、早くあいつを、椎名をッ…!!」


消えて姿さえなくなってくれるのならば

「シャチッ、」


なんだって


哀しみの残骸
(骨の髄まで君の存在を溶かして、自身の記憶から君を葬り去りたいと言ったなら君は哀しむでしょうか)
(でも君がいなくなった今の俺じゃあ、君のいない世界を考えることなんて出来やしないんだ)
(だからどうかそんな泣きそうな顔を、どうか、しないで)

 ―――――――――― 

Title:水葬



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