君想いセレナーデ


彼に伝える言葉が見つからない。デビルフィッシュはそう思い悩んでいた。


今現在ショーも終わり、ようやく一段落終えたところで、本当はいつもならこの後一角と一緒に飯を食べたりなんやかんやしたりと自由な時間なのだが。

今日は一角に声をかけられる前に彼から離れ、今は館内の廊下をさ迷ってる。この施設内より外に出られないとはなんとまぁ苛立たしいことであろう。一人になれる時などほとんどない。だって今だってほら、


「お前は、えーっと…あ、イカっ!!」
「た蛸だ…っ!」


目の前には数ヶ月前ここを襲撃した動物園の園長がいる。そいつはそうじゃったっけとかなんやらすっとぼけたようなことを首を傾げながら言っていて、なんだか頭が痛くなりそうだ。しかし彼はいつも真っ直ぐ館長のところへ行くはずなのに。なんでこんな、しかもあまり他の奴が通らないところなんかに。


「…そそそれよよりあんた、か館長のとここには行かかなくていいのかか?」
「あんな奴のとこなど二度と行かんわっ!」



俺の言葉に兎の園長はぷんぷんという擬音が付きそうなくらい腹立たしそうに声を荒げた。あぁ、もう館長のところへ行った後か。そうだよな、さっき遠目からたまたま見えた時は館長室にいこうとしてたもんな。
デビルフィッシュはそう一人で納得をして、自分よりも背が大分高い兎男を見上げた。首が痛くなりそうだった。

…それにしても、兎の園長がこんなに怒ってるんだから何かあったんだろうか館長と。
…まぁ顔を赤らめてるあたりからなんとなく想像はつくのだけれど。その理由があれば、何故この目の前にいる兎の服がこんなにもだらし無いのか、合点がいく。
ふと、見つめていた小綺麗な横顔が俺を見た。こほんとごまかすように軽い咳ばらいを一つして、頭をかきながら俺に向かって言葉を吐く。


「そ、それよりお前はどうなんじゃ。あの面白顔とは」
「…………」
「なんじゃ、上手くいってないんか?」
「そそそうじゃ、ないい。むしろ上手くいき過ぎて、」
「分かった皆までいうな。こっちが恥ずかしい」



聞いてきたのはお前だろ、と不可思議に首を曲げればわしはお前と違って純粋じゃから、と返された。あんたのどこが純粋だっていうんだ。どこを探したってそんな要素一つだってないじゃないか。
俺は疑わしい目つきで椎名を見ていると、彼は急に頭を左右に振り、ん?と首を傾げた。忙しい奴だな、と思っていると彼は再び俺と目を合わせ、また首を傾げた。


「…じゃがそんなことを言う割にはいつも隣にいる奴が何処にもおらんが」
「うっ…」


思わず身体が震え、声が出てしまった。一瞬逸らしてしまった兎の園長にゆっくりと目をやると、暫くの間俺の反応に目を丸くして驚いていたのだが、少しするとニヤリと嫌らしい笑みを浮かべて肘で俺をついてきた。ほら、やっぱり純粋じゃない。逆に真っ黒だ。



「なんじゃなんじゃ、わしらの仲じゃろーっ。ほれ、何があったんじゃ。真剣に聴いてやるから言ってみろ!」
「ぜ絶対面白がっててるだろお前え!」


怒鳴りつけても意味がないことは理解済みだ。寧ろそれは逆効果で、こうなったら何を言っても聞かないことも。ほら、今だって凄い目を輝かせてる。

(あーもうどうにでもなれ)


俺は意を決して口を開いた。













「なるほど。つまりイカは」
「た蛸だ」
「どっちでもえぇじゃろ。…つまり、お前はあいつの気持ちには答えられないと」
「な何がななるほどだ。ぜ全然ん分かってなないじゃねぇかか。…俺はたただ、」


(あいつから貰ってるだけの愛を、どうやって言葉にして伝えればいいか分からなくて)


「だけど、お俺は言葉ば足らずだかから…お思ってるここと、ななかなかつ伝えられれない、からら。」


そこまで言って俺は一度口をつぐんだ。シンと誰も通らない冷たい廊下の温度を今初めて肌に染みた。…いつも隣にあいつがいたから、こんなの全然気にしちゃいなかった。あいつが笑う度に感じる心の暖かさは、柄にもないけど感じる度に幸せなんだ。だけど、俺は可笑しくても筋肉がないから笑うことなんて出来ないし、前よりは喋れるようになったと言っても語彙力がなければそれも意味を成さない。何も出来ないだ、俺は一角に。無力なんだ、それなのに俺は。

「…なぁイカ」


椎名が伏せていた目をあげた。こいつはなかなか名前を覚えないな、と呆れながらも訂正しようと口を開く。

「だから俺は」
「好きじゃって伝えるのに、何か綺麗な言葉が必要なんか?」


紅い紅い目が優しい目つきで俺を見た。深く色づくそれは、なんだか一角の迷いのない黒を思わせて思わず目を見張った。椎名はそんな俺に向かって、さっきのあくどい笑みとは違ってニカッと俺を安心させるように笑ってみせた。


「大丈夫じゃ、あの面白顔ならお前の気持ちくらい分かっとる」
「椎名…」


俺は兎の園長の名前を初めて口に出し、ジンと心に染みた言葉を心中で繰り返す。そうだよな、きっと一角だって分かって



「成る程…じゃお前のツンとした態度も本当は俺への愛情表現だってことか」
「デビっ!やっとみつけたぞ、急にいなくなるものだから君に何かあったのかと…っ!」
「「っ!?」」


急に発せられた自分達以外の二つの対象的な声にびくりと俺達は身体を震わせる。俺のでも椎名のでもない声ではあるが、それは聞き覚えのある声ではあった。ある一つの声のせいで隣の兎は思い切り顔を歪めてるはいるが。



「い一角と…館ん長」



「探したぞ椎名。お前よくも俺の腹に蹴りいれてくれたな」
「お前がこんな時間からもっとるのが悪いんじゃろ!!」
「しょうがないだろ。久しぶりに会えたんだから。お前は俺と会えたのが嬉しくないのか」
「それとこれとは話がべつじゃろ!…つー訳じゃ、イカ。あとは頑張れよっ!」
「あ。おい椎名!」


カツリカツリと速足で遠ざかっていく足音が耳朶の端で響く。それが聴こえなくなって少しして、デビと呟いた一角の声に被さるように彼の名を呼べば、いつもみたいに彼は優しく笑った。


「き聞いててくれ。…俺は、一角お俺は」


舌が上手く動かなくて言葉が詰まる。ずっと開けているから口内が乾く。そんな自分がいやになって目が潤む。
だけど一角は待っていた。俺を待っていた。
大丈夫だ、と笑っていた。
大丈夫、大丈夫。よし言おう。


「い一角、俺は―――」



不器用に、だけど確かに一角に俺の気持ちが渡った。少し声が小さかったから聴こえたか不安だったけれど、大丈夫なようだ。
だって目の前の彼は照れ臭そうに、だけど幸せそうに「ありがとう」と笑ったから。
だからどうか、これからも末永く。



君想いセレナーデ
(君が歌うその歌は、ちゃんと私の元まで聴こえるよ)
(だから大丈夫、君はそのままでいいんだよ)




[おまけ]↓


「なんだよ、椎名まだ怒ってるのか?」

「……………」

「だから悪かったって。久々にお前と会えたのが嬉しかったんだ」

「…嬉しかったらあんなことするんかお前は」

「俺なりの愛情表現。…気にいらなかった?」

「気にいらない、というか」

「というか?」

「…いきなりは嫌じゃ」

「…いきなりじゃなかったら?」

「そ、そんなことわざわざ言わせるなっ!!」

「はいはい(じゃあそんな可愛い顔するなよな)」



End

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