一つの繋がり


※夫妻パロ




夜。何故だか分からないが急に目が冴えた。
今日は特に寒い夜だということで、サカマタが身体に何枚も厚い毛布をかけてきたためにそれについて問題はない。だがその代わり、その当の本人の姿が見えなかった。…いつも一緒に身体を寄せ合って寝ている俺達だ。今日もいつも通り一緒に寝床へ入り、おやすみと言葉を交わして目を閉じた。


(便所…か?)


俺はゆっくりと身体を起こし、少し急ぎ足に部屋を出た。




サカマタはすぐ近くにいた。
ただそれは便所ではなく、こんな寒い夜中のベランダに。
俺のことは心配するくせに、何故自分のことは分からないんだ。
寝巻の身体に上着を軽く羽織るだけの肌寒そうな後ろ姿に、俺は一喝しようと口を開いた。が、その口は言葉を発さないまま、時間が止まったかのように固まってしまった。





別に彼が急に全裸になったとか、ここから地上に飛び降りたとか、そんな風に何か凄いことをした訳じゃない。ただ、遠い何処かを見つめていた視線を伏せて何処か悲しそうな顔をしたサカマタが、目を閉じて両手を顔の目の前で握るように組んだだけだ。
それだけ。
それだけ、だけど。




「…伊佐奈?」




我に返ると、サカマタの横顔を映していたはずの瞳はいつの間にか目を見開いた彼の驚いた表情に切り替わっていた。
俺は目線をずらすようにして下を向くと、サカマタの足音だけがゆっくりと近付き、ふわりと肩に薄い上着が掛けられた。じんわりと体内に彼の体温が染み込む。


「そんな薄着をされては、お身体に障りますよ」

そう言って微笑むサカマタの顔を見ないまま、それを頭の中に思い浮かばせ、俺は唇を噛み締めた。
噛んだせいで唇が切れたのか、血液の味が舌を転がるが構わずそのまま歯を立てる。

そう、これは苛立ちだ。
何故なら、先程見たこの男の表情を、俺は今まで一度だって見たことがなかったから。他人のこと全てを知るなんて、そんなことは不可能に限りなく近いことだけれど。
なんだって知っているつもりでいたが故にその事実はなんだか無性に悔しくて、俺はベランダを去ろうとしたサカマタの寝着の裾をギュッと握って引き止めた。サカマタの呼吸が一瞬、止まる。


「サカマタ、」
「…はい」
「さっきのあれは…何だ」


そう言って顔をあげ、サカマタの表情を伺ってみれば、一瞬ポカンと間の抜けた顔をしてあぁ、あれですか と困ったような顔で笑った。
「あれは祈っていたんですよ」
「祈り?」

はい、とサカマタの声が夜の星空の下に響き、彼はもう一度ベランダの手すりに肘をついて手を合わせた。

「もう少しで貴方から生まれてくる命が、どうか貴方だけに似ているように。どうか俺には少しも似ないようにと」



まぁ神など信じていない俺の願いは伝わらないでしょうが
それでも毎晩、ああやって祈ってるんですよ とサカマタは笑う。


「俺は、お前に似てくれた方がいいけどな」
「そんなこと、ない方が良いに決まってます」

サカマタは俺の言葉に一瞬ムスッと顔をしかめたかと想うと、まぁ…ただと空に向かって白い息を吐き出した。


「ただ…もし俺に似るところがあるとしたら、」



貴方に出会えたような、奇跡の巡り会わせがその子にもきっとあるように



そんな夢みがちな空想論を平気な顔で口にするサカマタに俺は、火照る顔を隠すためにと自分の腹中で動く一つの命に目を落とした。
早く出してというように腹を蹴る小さな痛みは、俺にとって幸せの証左。
あぁ、俺達も早くお前に逢いたいよ





一つの繋がり
(これは俺とお前が共に生きた証だ)



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