知らぬ間の疑惑
※X'masネタ
(さ寒い)
水族館は運営時間を過ぎて閉館となり、シンと静まりかえっている。
その中を俺は一人、足音を館内に響かせながら自身の水槽へと帰る途中であった。
と言ってもすでに閉館時間は3時間も前に過ぎたのだが。
(今日は特別な行事だとか言って変な飾りつけしたからな。あー…そう言えばなんだっけ)
緑に赤。目がチカチカするほどの明かり。水族館前にはてっぺんに星を乗っけた大きなモミの木。
あぁそうだ。今日は
(クリスマス、か)
まぁ思い出したところで何にもならないけれど。
毎年この季節になるとこんな騒ぎになるけれど、元は海の生物である俺達には何の関係もない。キリスト教だとか言われてもなんのことだか分からないし、宗教の存在意義さえ蛸の俺では理解が出来ない。
(…まぁ終わったからいいか、こんなこと考えなくても)
そんなことより早く水槽の中で休みたい。今日はいつもの何倍も疲れたのだ。
俺の水槽まであと50b。あと少し…
「デビっ!!」
館内にいきなり響いた聞き覚えのある声。
声の方に振り返ると、自分が先程歩いてきた道をこちらに向かって走ってくる相方の姿。彼の吐く息が微かに白くなっているのが分かる。
あぁやっぱり寒い。
身体がじゃなくて、どこか胸の奥が。
一角は派手に息を切らしながら俺の前に立つとにっこりと笑った。
「デビっメリークリスマス!」
前に差し出された掌の中には小さな箱。俺は一角の顔とそれを交互に見比べ、周りを見渡す。
勿論誰もいるはずがない。俺は焦点をもう一度その箱に戻した後、人間で言う右の人指をくぃっとそれに向けた。
「ここれは…」
「私からデビへのクリスマスプレゼントだっ!!」
「ププレ…?」
「プレゼントとは贈物のことだっ!クリスマスは贈物を恋人にを捧げる日なのだよデビっ!!」
…何か違う気がするけど、また突っ掛かると煩いから黙っていよう。
いや、そんなことよりも。
「いつつ、お俺がお前えのこ恋人になったたって…?」
「私が君を好きになった時からだっ!!」
「あ、あのな…お俺はにょろにょろろしたお女が好ききでお前えのことななんてなんととも思って」
そこまで言って一旦言葉に詰まった。
そして詰まった自分に驚く。
俺が好きなのは、俺と同じようににゅるにゅるとした女で、けしてこんな似非紳士なんかじゃないのに
なんで俺は、ここで
「それでも断じて構わないっ!!」
「…は?」
混乱した頭に突然声が響き、俺はポカンと口から力が抜けた。この時の俺の顔は心底間抜けであっただろう。
しかし、一角はそんな俺のことなど関係なしに一人熱く語り出す。
「デビっ、恋人とは恋しく想う相手のことだっ!!それならば、恋人という言葉は片方の一方通行でもよいということ!したがって君が私をどう思おうとも私の恋人に変わりはないっ!!」
「……」
あー…まったくそんなことをよくも大声で。
近くの水槽からの視線が痛い。違う、俺じゃない。全てはこの似非紳士のせいだ。
「さぁデビっ受け取りたまえっ!!」
さぁ!じゃない。
俺の事情も考えないで一人納得するな。
…ほんとにこいつの言動には頭が痛くなる。
あぁあまったく
「っ!?」
俺は次の瞬間、一角の手から奪うようにしてその箱を取り上げた。
一角の丸い目がさらに丸くなり、俺の姿を映す。
汚れない、綺麗な瞳だ。
俺は何故かその目と視線を交じり合わせているのが辛くなり、下を向いて呟く。
「もももったいいないかから…貰っとくくだけ」
そう呟いた後、暫く沈黙の時が流れる。
聞こえるのは外で吹いているだろう微かな風の音だけ。俺の身体が無意識に震えた。
寒い。
変温動物の俺がそんな感情を持つ訳はないけれど。
寒い。この場所にいたくない。こいつの純粋な瞳を見たくない。
早く。早くなんか言えよ…一角。
俺はしびれを切らし、チラリと自分より背の高い一角を見る。
すると目が合うのと同時に手を取られ、その瞬間ギュッと握られた。
今度は俺の目が丸くなった。
「あぁっ!!ありがとう」
ドキリ
「…え」
なんだ、これ。
「どうしたんだ、デビ」
「い…いや、なんででも、ないい」
心臓のなった音を気付かれないよう慌てて首を大きく横に振れば、そうか、じゃまた明日っ!!と一角はあっさり元来た道へと戻っていった。
俺はその後ろ姿を見えなくなるまで見つめ、手の中に収まっている小さな箱に目を移す。
その箱に彼の温度など伝わっているはずがないのに、何故だか温かく感じられた。
そしてそれは、彼が自分にとって特別大きな存在であると意識し始めた瞬間。
知らぬ間の疑惑(俺があの笑顔に惚れている、だなんて)
(誰か嘘だと言ってくれ)
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