未完成な僕ら


俺がこの姿になって一体どれほど経ったのか。
そんなことをいちいち覚えられるほど俺の頭は賢くないが、随分な年月が経ったのだろう。

この水族館内で過ごしていくうちに、いつの間にか海での記憶も朧げになり、新しいものばかりが流れ込んでくる。

始めは何がなんなのか分からなかった。
自分はここで何をすればいいのか、俺は一体なんのためにここにいるのか。
だが人間のように二本足で立つことから始めた俺も、今じゃイルカの調教を任せられるようになった。
魔力がなんたらとか言って館内の権力者である幹部にも格上げされた。

だから別に不自由じゃあなかったんだ。
他の魚達みたいに狭い水槽にいつも閉じ込められる訳でもないし、サカマタみたく館長の使いっぱしりにされる訳でもない。
調度いい立ち位置なんじゃないか と思っていた
だけど、



(やっぱり、恋しい…な)

海が、そして同種の生き物が


あの澄んだ空の色を含む海水が懐かしい。
広大で先の見えない海の中では、魚の色彩の変化がよく分かる。ずっと地にはいつくばっていた自分にもそれは届いていた。
あの場所には危険が沢山あったけれど、それもまた楽しかった。
そしてたまに仲間と会ったりして、にょろにょろした女と愛しあって、そしてまた別れて再会して。
それが美しい俺の故郷


何度また再びあの場所に戻れたら、と
あの世界の光景をこの目に映せたら、と思ったか


だけど、
どんな夢を見たところで俺はこの閉ざされた牢獄の中からは出られない

仲間とまた会うこともない
だからもう俺は、





誰にも愛されない






 ――――――――――――― 

「…デビっ!!」
「っ!?」


クリアな声が脳内に響く感覚に驚いて意識を現在に浮上させる。
すると、自分の顔を覗きこんだ一角の顔がズィと急に現れ、肩をびくつかせてしまった。
途端一角の顔は安心の意を示して綻び、俺の名を呼んだ。

「デビっ!!心配したぞ!大丈夫か?」
「…あ、あぁ」

戸惑いながらもそう答えると一角はそれはよかった とニッコリ笑った。

「君が急に反応を示さなくなったから、私は君に嫌われてしまったのかとばかり思ってしまった」
「なななんでそういいう…は話になるんんだ…?」
「君は気まぐれだからな!!だが私はデビのそういう所も好きだっ!
「……」

よくもこんな恥ずかしいことを真面目な顔で言えるものだ。
俺だったら絶対に言わない。…勿論言えないじゃない。“言わない”んだ。

「…デビ、顔が赤いぞ?っ、まさか熱が」
「ななないっ!!…そんなこことより、ももうショーのじ時間、だ」
「なに!?」


一角が顔をしかめて後方の壁に引っ掛かっている時計を振り返る。
現在17時45分。


「なんと!あと15分しかないではないかっ!!それならばいつまでもこうやってぐずぐずしている訳にはいかないな!!急がねばならない!」

一角はズレていた帽子を被り直し、よしっ と声を出したかと思うといきなり俺の前に左手をのばしてきた。
少しの間白い手袋のはまったその手を見つめる。
しかし、いつまで経っても引っ込めようとしないそれに痺れを切らし、意味が分からないといったような顔を作って一角を見る。

「は?」
「早くしたまえデビ。時間がないぞ!!」
「い…いや、だからななに」
「恋人は如何なる時でも紳士がエスコートするものっ!!デビは私が護る!」
「…へ変なことというな。しかももショーのば場所、すぐそそこだろろ?」
「何を言うか!!すぐそこだろうがなかろうが、何が起こるか分からないのが人生というものだっ!!」


…ほんと意味が分からない。


やっぱりこの異常に高いテンションにはついていけない。つか疲れる。
もっと普通に喋ってくんないかな…っていつも思うけど


「さぁ行こうデビッ!!」

そう言って何の躊躇もなく俺の手を掴むこいつの背中を見ていると、逞しくて、安心する。
それで、あぁやっぱこいつがいなきゃ海に帰っても自分は駄目だなって実感して。
俺はしっかりした形を成さない自分の手をもってして、一角の手を懸命に掴む。
そして、やっとの思いで握ったその掌に感じた温もりと振り返った男の表情は、俺が欲しかったものを全部くれるから。



俺はまだ、ここにいられる。

未完成な僕ら
(だけど、“二人で一つ”それでいい と、君は言ったから)
(俺はそれでいいんだ)

 ―――――――――― 

Title:水葬



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