時間よ止まるな


※誕生日ネタ


閉館時間が過ぎた、寒気の篭った館内をサカマタは走る。動きが鈍い魚達の前を風を切るように通り過ぎて、俺は彼の元へとこの身体で出る全速力の速度で走る。こんな時でさえこれだけの速さしか出ない人間という生物はやはり不便だ。しかし今はそんなことを考えても何にもならない。

俺は階段を2段飛ばしで駆け上がり、角を何度も曲がった水族館の奥の、ある部屋の扉の前に立つと息を整え、その表面の板を手の甲で叩く。入れ と短い許可の言葉が部屋の中から聞こえ、失礼しますと頭を少し下げ、扉をくぐるようにして室内に入った。


彼はもうすでに今日の仕事を終わらせたようで、すでに部屋を出る準備をしていた。彼が中にいることに安心していた俺は、申し訳なさに小さく言葉を吐いた。


「あ…すみません、もう就寝なさるところでしたか」
「あぁ、まぁそんなとこだ。…で、何?」



館長は上までしっかりとしめていたネクタイを緩め、けだるそうに俺を見上げる。そんな彼の色っぽい仕草見て、どきりと大きな音を出す心臓に内心あたふたしながら、部屋の隅にかかっている時計をちらりと見た。
よし、この時間なら大丈夫だ。
俺は一つの確信を持ってポケットの中に手を入れ、その中でコツリと指に当たった物を取り出した。

それは小さな箱だった。

サカマタはそれを両手で丁寧に持ち、眉をひそめて自分が出した箱を見つめる館長に向かってそれを差し出した。箱に向かっていた視線が上に流れて俺のと合った。俺は目を細めて彼の手をとり、その手の中に箱を置く。彼の手の温度は変わらず心地好い。




「館長。誕生日、おめでとうございます」




そう言えば彼はぱちぱちと瞬きを何度かし、再びその箱を見つめて時間を確認した後、あぁ と思い出したように呟いた。


「今日は2月1日か」
「そうですよ。…気がついていませんでした?」
「あぁ。そういえば昨日で1月は終わりだったな。…しかし準備がいいな。まだ2月になったばかりだぞ」


そういって館長の目が再び時計にいき、俺も釣られてそれに視線を向ける。時間を刻むその箱は0時5分と、確かに彼が言うようにまだ日付が変わったばかりだった。しかしこれのためにここまで走ってきたんです など言えるはずもなく、俺ははい と小さく返事をした後、吃りながらも言葉を続けた。


「…あの、恋人というのは、相手の誕生日には日付が変わった直後でこういうことをするのだと聞いたので…」
「くっ…そんな変な情報どっから仕入れてくんだか」



館長は俺の言葉に笑顔を零し、それから一人納得したようになるほどな と頷く。俺が何がです?と少し首を傾げて尋ねると、彼は俺の渡した箱を手の中で弄びながら口を開いた。


「いや、だからあんな息切れるほど走ってたのかと思って」



どきりと胸の鼓動が大きくなる。俺は目を丸くして彼を見て、口はぽかりと力無し開いた。



「き、気付いていらっしゃったんですか」
「そりゃあ部屋の前であんな大きな深呼吸をされちゃあ気付かないものも気付く。…今度からは少し離れたところでするんだな」



そう言って可笑しそうに笑う目の前の男の言葉に、羞恥が隠せないサカマタは思わず俯いた。段々と顔に熱が集まってくるのを感じながら、自分に対し悪態をつく。

こういうことは余裕を持ってするものなのに
これではただの気持ちの空回りど
…あぁ、まったく恥ずかしいったらない
こうなったら時間など止まってしまえ


俺は気恥ずかしさに右手を首の後ろに回し、顔隠すかのように二の腕に頬を押し付けた。
少しして、彼がいるだろう場所から小さな溜息が聞こえ、本格的に落ち込む。しかし、



「まぁ…だが、」




彼の声が少しだけ聴こえたかと思うと、次の瞬間自分の体温ではない温かさが俺の左頬にじんわりと染み込んだ。予想だにしていなかったものに驚いて顔をあげれば、半分呆れた、でもその半分は優しい表情で彼が俺に向かって微笑む姿が視界に入る。綺麗な顔だ。顔立ちが、とか、そういう意味だけじゃなくて。



「いさ、な」
「お前がそんなに俺のことを思ってくれているとはな。思ってなかった。」




あまり俺と一緒にいても、楽しそうじゃなかったし。お互い忙しくて時間も取れないから、二人きりで会う時間もないしな。
…だから、




(その気持ちが嬉しいよ。ありがとうな)



その時、俺と貴方の心は不器用さながら初めて通って
俺はその嬉しさに思わず貴方の唇へ、愛しい気持ちを込めた甘い口づけをして
顔をあげて彼を見れば、ほんのりと頬を染めて笑う顔が目に映り、俺にも笑みが移る
そうして俺の胸には、今でも零れるほどある愛しさがまた、降り積もる



あぁ、貴方にこの限りない溢れんばかりの想いをどうすれば伝えられよう


こんな小さな心臓なんかには入りきらないくらいの想いが、次から次へと落ちては浮かぶ



そんな、物や言葉では足りない貴方への“好き”は
そう簡単に全て、貴方へは伝わらないでしょうが





「サカマタ、俺さ」





(お前のこと、好きになれて嬉しいよ)





この限りない幸福な時間の中で、少しずつ伝わっていけばそれでいいのです




だってまだ私達には
永久(とわ)の時間が流れているのですから






時間よ止まるな
(止まらなくてもきっと伝わる)
(私から貴方へ、この零れだしそうな)
(愛しいという感情)



 ―――――――――― 
館長誕生日ネタ。始め逆伊設定だったのに…何故こうなった。ちなみに箱の中身は勿論指輪。館長の時計つけた方の人差し指用です。あったりなかったりする不思議な現象から、サカマタに貰った一番大切にしている指輪だから傷付くことないように着けたり外したりしているのでは と勝手な妄想を…。多分書き忘れかなにかでしょうが(笑)
それでは改めて。
館長、HAPPY BIRTHDAY!



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