遠い昔の夢など見ない


※X'masネタ


この時期になると、街は色鮮やかに装飾を纏い、より一層の賑わいを集める。
家族を持つ人々は手にケーキの入った箱やら大きな袋やらを携え、彼らの帰りを楽しみに待つ幼子の元に向かう。
机に並ぶいつも以上に手をかけた御馳走。子供達はそれにかぶりつき、満面の笑みを浮かべる。
派手な騒ぎの後の子供達は、明日の朝を楽しみにしながら目を閉じ、起きて目にしたそれを手にとると顔を綻ばせる。
そんな彼らを目を細めて見守る大人達。
それが平凡な、だけど幸せな家庭の光景。
俺には見ることが出来なかった…光景。





親の功績で得た金のおかげで何にも困らなかった俺は、サンタクロースにお願いしてまで特別欲しいものなんてなかった。
欲しいものは望めばいつでも手にいれられる環境にいたし、第一俺が一番欲しかった物はそんな見ずしらずの赤の他人なんかに願って貰えるもんでもなかった。
食事をこの日だけ豪華にするなんてこともない。いつもと同じ、高級食材が並ぶテーブルが目の前にはあった。
こんな環境にいたからだろう。今日というこの日を あっそういうえば ってくらいにしか思っちゃいなかった。
こんなくだらない行事、俺にとって何の意味も成さない。いつもと同じ、嘘に塗り固められた笑顔の中に俺はずっといた。
だからクリスマスなんてもの凡人の戯れなんだ。


 ―――――――――― 


「ってシャチのお前に言ったって何にもなんないけどさ」
「……」


館長室の窓から、まだ開館していないのにも関わらず、館内に絶え間無く入場してくる客を見下ろしていた俺は、後方に直立不動で立っているサカマタを振り返った。
その手には今日やるであろう特別企画をまとめた書類。
…そう、今日はそのクリスマスの日だ。
だから俺がどう思おうとも、客はそれを楽しみに来ている。
俺にとってクリスマスなんて面倒な行事に変わりはないが、俺が人間に戻るためには、そんなお気楽共を喜ばせなければ話が進まない。
全く手間のかかる呪いだ。
俺はふぅと深く息を吐いた後、シャチの手からその紙をスッと奪ってその文面に目を通す。
ショー、水槽内でのパフォーマンス、従業員の衣装。
どこもかしこも緑やら赤やらでクリスマス。
あぁ、全くうんざりだ。
俺は手にした書類を床にほっぽった。
「話、続けろ」

カサリと床が紙の面と擦れる音が聞こえる。
薄暗い館長室に明るい外からの光が混じる。
そろそろ開館の時間だ。
急がなければ。
しかし話を促したサカマタは身動きもせず、ただ立ったまま一歩も動かない。
何をしているんだこいつは。
俺はそんなサカマタを見つめながら眉を顰め、面倒に思いながらも口を開く。




「シャチ、話を」
「それでは、やりますか?」

先程まで微動だにしなかったサカマタから急に発せられた言葉に俺は眉をひそめる。
やるってなんだ。
やっと話したかと思ったら今度はなんなんだ。
鯱語なんてしゃべっても人間の俺には分かんねーだから普通に話せよ。
…ったく使えねぇ。
俺の言うことが聞けない雑魚などいらない。
だからもし今俺の前にいるのがそこらの水槽にいる雑魚なら簡単に切り捨てられるが。
俺は軽く変形させかけていたコートを元に戻す。深く息を吐く音が室内に漏れる。

雑魚には変わりはないがこいつは幹部の中でも特に魔力が強く、一番使える奴。
今この場一瞬の苛立ちで殺すのは惜しい人材だ。
仕方ない。俺は気分変えるためと軽く咳ばらいをし、誰がどう見ても不機嫌そうだという表情を作って「は?」と口を開いた。サカマタの顔に少しの困惑が混じる。



「ですから……閉館の後、やりますか?」
「何を」

サカマタの目が下に泳ぐ。いつの間に拾ったのだろう、俺が先程ほっぽった紙を見ながら途切れ途切れに呟く。
「クリス、マ、ス、パー、ティー…とやらを」
「…は」


声が掠れた。
…今このシャチ、何と言った。
クリスマス?パーティー?
それをやる?俺が、幹部の雑魚共と?
一体こいつは今まで何を聞いていたんだ。


「俺はそんなこと、くだらないって言ったんだ」

そうだ。そんな馬鹿みたいな騒ぎ、どうして俺がしなくちゃいけない?
…騒いでいるのは、そこら辺にいる凡人どもだけでいい。それで俺が人間に戻れるなら、大騒ぎでもなんでもすればいいんだ。こんな行事、少し経てばなんでもなかったように記憶から消えて失せてしまうというのに。
何のためにやるっていうんだ。クリスマスなんてもの、周りの馬鹿騒ぎだけで十分。



「…しかし今の館長は、とても羨ましそうな表情をしています」

本当はそちらが本心なのでしょう?




どきりと心中の深くにしまい込んでいた想いが音をたてる。
シャチの言葉が頭の中で谺(こだま)する。
昔、暗い夜の中に見えた子供達の顔がフラッシュバックする。



…そう、俺は羨ましかった。
外のイルミネーションみたいな華やかなこと、俺の周りにはなかった。
水族館に来る子供のように、あんな風な笑顔で迎えたクリスマスはなかった。
俺にとって、クリスマスツリーを見上げて喜ぶその平凡さは、とてもくだらないくせにそれとは裏腹にとても羨ましく思った。
俺の家庭に、そんな温かさはなかったから。






俺は、金で手に入るものは何もいらなかったし、特別なことをしてもらわなくてもよかった。
ただ、人の温かさだけがあればよかった。
それだけあれば、俺は何もいらなかったんだ。


「…館長」


俺はシャチの声にハッと我へ返り、声の聞こえた方に目を向ける。
シャチが先程言った言葉を何度も頭に反芻しながら怪訝な顔つきでシャチを見つめ、目を細める。
…人外のこいつが、この日を理解しているとは到底考えられないが。


「つまらなかったら殺す」

たまにはそんなくだらないことをしてみるのもいいかもしれない、なんて気違いなことを思ったのは、

「…最善を尽くしましょう」


きっと今日がクリスマスで、そのうえ目の前にシャチがいるせいだ。
…そう、きっとそうに違いない。



遠い昔の夢など見ない
(まったく俺も落ちぶれたものだ)(雑魚達が作るパーティーなんかを、心底楽しみにしているなんてさ)


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