I'm dying to see you. 俺が生きてきた年月の中でこんなにも一週間を長いと思ったことは、きっと今のいままで以外にないだろう。 俺、奥村燐は自身の部屋のベッドに寝転びながらそう確信を持ち、横に顔を傾けて壁に掛かったカレンダーに目をやった。 (勝呂が詠唱騎士の不足ために急遽悪魔討伐に派遣されて、今日で一週間…) 「長っげぇなー…ちくしょう」 俺は腕を瞼の裏に押し当ててそう小さく呟く。 それはたった一週間、されど俺にとってはやっと一週間、だ。 その間の期間というのは我慢するのが得意なほうじゃない俺には酷く長く感じるだけの時間があった。多分一日がこんなに長いなんて知らなかったからだきっと。いつもは一日が24時間なんてもんじゃまるで足りないくらいなのに、あいつがいないだけでこんなにも俺の中にある時の流れというのは違うものらしい。けど。 (退屈で心の内がもやもやとするのは、きっとそれだけが理由じゃない) 俺は仰向けになった身体と天井の間の宙に右腕を上げて、手に握り締めていた携帯の画面を見つめる。 変わらない待受画面、震えない掌。それが俺に変わらぬ哀切を齎す。 (また今日も来なかった) なぜなら、どんなに待ってもこの手の中の携帯に電話はかかってこないから。来てもそれは志摩からの遊びの誘いとか雪男からのお節介メールであって一番欲しい奴からは電話もましてやメールだって来ない。携帯がなるたびに期待してる俺が馬鹿みたいだ。少しの可能性を持って携帯は肌身離さず持っているけど、それでも携帯は鳴らないんだから。だから、あいつはなんも思ってねぇのかなとか、もしかしてあっちで他に相手が出来たんじゃねぇかとか、俺の頭ん中はそんなことばっかり駆け巡っちまって。 そして極めつけには、これじゃあまるで俺は毎日虚しさを持ち歩いてるみたいだとか思ったり。 …なんて。 「そんなの、自分勝手だよな…」 俺は自分でも分かる弱々しい声を発して目を細め、ベッドに顔を擦り付けると小さく身体を縮めた。電灯の煌々とした光が閉じた瞼を焼く。俺はそれから逃れるように壁の方に寝返りを打ち、掌で握った携帯にぎゅっと力を込めた。 あいつが今忙しくて大変なんだってことなんてのはちゃんと分かってる。あいつには俺と同じ野望があって、そのために頑張ってるんだってことも、ちゃんと知ってる。 だから俺だってなんだかんだで自分からかける勇気もない。俺はあいつが将来を期待されてるのも知ってる、だから余計に俺なんかが迷惑かけたら駄目なんだ。ちゃんと全部、全部分かってる。 …だけど、だけどそれでもさ (俺は…勝呂、俺は) ヴーヴー 手の中でバイブ音と連動で電子機器が震える。ちらっと時計を見ればすでに日付は変わっていて、こんな時間に電話なんぞしてくるのはあの馬鹿志摩くらいかと思いながら携帯を開く。しかし画面に表示されていたのは、頭に思い描いた二文字ではなかった。俺はそれに思わず目を見開き、慌てて通話ボタンを押す。カラカラと乾いた喉から無理矢理に声を振り絞る。 「も、もしもし」 『…よぉ』 吃って出た呼び掛け言葉に一テンポ遅れて聴こえたのは聞き慣れた低い声。温かく、優しい響きのそれは、俺の焦がれた声だった。俺は取りこぼしそうになった携帯を握り直し、震えた唇から電話口の相手の名を呟いた。 「…すぐ、ろ」 『おん、久しぶりやな奥村』 耳朶にゆっくりと声が染み込むように流れる。 聴きたかった声。 愛おしい声。 胸にはその歓喜で満ちていたけれど、その一方でちりっと痛む本音は口には出さず、上擦った声のまま出来るだけ軽い調子で相手に言葉を投げる。 「どどうしたんだよー、こんな夜遅くに」 『あぁ、今やっと任務終わった所なんや。…もしかして寝とったか?』 「いや、まだだけど…」 『ほーか、ならよかったわ』 受話器越しから薄く笑う勝呂の気配がして携帯を当てている右耳が熱くなる。無意識にそれを握る手に力が篭って、今にもジリジリと胸を焼け焦がすような音がしてきそうだ。痛くて寂しい。だけど迷惑にされるのはもっと苦しい。 ただ一つ、願いが叶えばそれでいいのに。 『奥村』 突然耳朶に押し付けていた電話の向こうから名前を呼ばれる。俺が我に返ってん?と首を傾ければ勝呂は一度言い淀んでからまるで壊れ物を扱うかのように掠れてしまいそうなほどの優しい声音を吐き出す。 『…会いたい』 「え…」 『奥村、お前にはよ会いとぉて堪らん』 甘い声が、身体を駆け巡る。歯止めをかけたはずの胸と瞼の奥が熱い。じわりと溢れようとするそれを俺は歯をくいしばって止めた。勝呂はそんな俺の気持ちなんて知らないでいきなり黙った俺に向かって心配そうな声音で奥村?と疑問符を投げる。その声にまたほろりと零れてしまった涙を拭って、まだ少し震えた声で言の葉を発した。 「…ずりぃよ」 『は?…ってかちょっ、奥村お前泣いて』 「…今までずっとかけてきてくれなかったくせに今そんなこと言うなんて…ずりぃよ、勝呂」 俺だって、ずっと逢いたかったのに 思わず本音を言葉にして零すと、止めようとしていた嗚咽が一斉に溢れた。電話越しに勝呂が慌てているのが分かる。え、とかあ、とか何とも言えないようなそんな勝呂の声を聴いて俺の胸をただひたすらに罪悪感が支配する。 (違う、違う。俺は勝呂を困らせたいんじゃない) 俺だって泣いたって意味のないことは知ってるんだ。これこそ自分勝手で何にもならない、誰のためにもならない無駄な人間の行動だ。 だけど、一度寂しい本音を口に出すとなんだか急に心が痛くなって淋しさが止まらなくなって仕方ないんだ。 誰も悪くなんかないのに全部他人のせいにして馬鹿って罵って。 こんなことを本当は、言いたい訳じゃないのに。 『お、奥村…』 嗚咽が治まり、ただ声を押し殺していると怖ず怖ずといったふうに耳元で勝呂は俺の名を呼んだ。なに、と返事をすれば あ…え、いや…あのな、と見事な吃り具合。俺はそれをうん、と頷きながら電話向こうからの次の言葉を待つ。少しの無言。 勝呂は観念したかのように実はな、と小さな声で呟いた。 『なんでお前に電話出来んかったのか、というとな…あー…その…なんや、お前が傍におらんのに、声だけなんて聴いとったら…、その…色々、我慢出来そうにないと思うたんや…』 語尾の小さなその言葉に一瞬意味を理解するのに時間がかかった。けれど次に勝呂が俺を呼んだ時にはそんなことを言う勝呂を想像して思わず吹き出した。笑うな!と大声で叫ぶ相手に目から零れるさっきとは違う涙を拭ってだって勝呂、と笑い声混じりに呟く。 「それお前完全に恥ずかしいやつだよ」 『や、やかましい!おま…俺がどんな想いでこの一週間おったと思ってるんや!』 勝呂の羞恥で真っ赤に染まった顔が目に浮かぶ。 それがまた可笑しくてだけど愛おしくて、自然と口角が上がった。 「うん。だから嬉しいんだ。お前のことそうやって思ってたの、俺だけじゃなかったんだな、って」 そう言ってへへっと笑えば、そんなん当たり前やろと呆れ混じりの笑い声で返された。 いつも通り、だけどそれが嬉しくて仕方なくって。 そう思ったら、 俺は早くお前におかえりって言いたくなって、それで早く笑ってただいまって抱きしめて欲しくなったんだ。 君に会いたくて堪らない (この夜が明けたら、なによりもまず君の笑顔に逢いたい) 企画「I'm crazy for you.」様に提出させていただきました。 |