曖昧な恋心



退屈な時間など
今までに幾度となく繰り返し持て余してきた。

それはこの長い命がいつまでも止まることなく脈打っているからだとか、そのせいですることがもう何もないだとかそういう意味ではない。欲求なんてこの世界さえあればその度にいくらでも満たせるものだ。物質界には興味深いものばかりが数多く存在するし、虚無界だってまぁ欲求が少しは満たされるのだから居心地は悪くない。だからもし自身の欲求をどれだけ持て余したっていつも十分だという何処か極みにはたどり着いた。そうだ、欲しいものなんてすぐ手に入った。なにも不自由せずに好き勝手出来た。
(…けれど、)


ボクは無意識にガリッと爪を噛みながら、窓を覗いて視線を外の世界へと向ける。数人の生徒がワラワラと大きな建物から出てくるのがここからちょうど見えた。そして見つける、黒い髪をゆらゆらと揺らして歩くキミの姿を。



(けれどキミへのこの欲求は、いつまで経っても満たされそうにありません)



逢いたいだとか、触れたいだとか。
撫でたいだとか、傍にいたいだとか。
そんなこと、なんの力も使わずとも出来る簡単なことだというのに。毎日キミの部屋に行ってボクはそれを満たしているはずなのに。





(こんなにも足りない)
(奥村燐という人間の存在が)




「一体何故なんでしょうか」




しかもこの心の満たし方を知らないというからどうしようもない。





(うーん、分からないな…)




あ、そうだ。いつまでもずっと奥村燐を傍に置いていたら、まさに殺しでもしたらそれも治まるのかもしれない。勝手にどこか行ったりしないし、生きてるのよりずっとそういう欲求を満たすには楽だ。

…いや、でもそれじゃあなんだか嫌だな。
だってそんなことをしたら、もうあの異様に美味しい料理とかあの綺麗な笑顔とか、それ以外にも色んなものが一度に全部なくなっちゃうのでしょうから。
…じゃあなんだろう。ホントはボクが傍にいられたら一番いいけど、そんなことして兄上に見つかったらとんでもないことになるし。


「まったく…面倒だなぁ、形のないものって」
「何が面倒なんだー?」



自分の何気なく放った言葉に被さるように疑問符が背中にかけられる。ボクは爪を尖った牙から離し、いつの間にか何の気もなしになってしまっていた窓の外から視線を後ろに回す。見なくとも誰かなんて分かるけれど、そんなことより早くこの瞳にその姿を映したかったから。


「奥村、燐」
「よッ」


振り返ったそこには歯を出して眩しいくらいの顔で笑うキミがいた。
…嗚呼、なんだかさっきまでの気持ちが嘘みたいだ。まるで形あるものが溶けてなくなってしまったかのように跡形もなくなった。でもその代わりに、なんだか胸の辺りがじわりと温かくてくすぐったいような感覚がして、ボクは胸元に爪を立てるように胸倉を掴む。そんなボクのことなど知らない奥村燐はゆっくりとボクに近付きながら驚いたか?とまた笑った。



「まだこれから塾あるんだけどよ、お前今そこから下見てただろ?なんだかお前見たらさ、ちょっと会いたくなっちまって」


ちょっくらここまで来ちゃったぜと悪戯に微笑むキミはボクの前に立つと、腰を折ってボクの顔を覗きこんだ。ぱちりと目が合う。そうしてニッとまたくすぐったくなるような笑みをこぼす目の前のキミにボクは反射的に腕を回す。びくりと小さく震えたこの身体に自身の人間の身体をぴったりとくっつけて、ボクは目の前の少し低い肩口に顔を埋める。耳元で戸惑いと羞恥の声音でボクを呼ぶのが聞こえたけど、なにも答えずただ腕に力を込める。



…なんだか、こうしたかった。理由とかそういうのは知らない、ただ欲のままに手を延ばしたらこうなった。
なんなんだろうな…やっぱりよく、分からないけど。


「燐」
「へ」
「キミはボクとこうやってるの、スキですか?」





「…好き、だよ。お前がすることはなんでも」




こうやってキミが顔赤らめて言うそんなアイの篭った言葉に、ボクの胸はこんなにも簡単に満たされてしまうから。


「ボクも、キミの全てが好きです」



キミが言うその言葉を使ってボクもキミにアイを呟くことにします。





曖昧な恋心
(今キミは、ボクと同じ気持ちでいてくれてますか)





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