あの人は最後までこの世界を愛していた


湿った空気。
激しく地面に打ち付ける雨粒。
その全てが私に、あの日のことを思い出させる。





カサリカサリとピンクが主体のカラフルなそれは腕の中で音を鳴らす。そんな音、普段なら至極気になどならないのだが、この静寂では気にならざる負えなかった。
雨は相変わらず少し強めだが風はなく、身体は濡れずに済んでいる。ぴちゃりと足元で水の跳ねる音がする度に彼に近付く。目の前にまだ比較的新しいだろう墓。私はそこに刻まれた名を見てフッと笑いながら帽子を取り、左手でそれを抱きしめた。


「久しぶりですねぇ…藤本神父」

私は雨に濡れた墓前に立ち、今は亡き友へと言葉を投げる。雨の降りしきる音が私のお気に入りの傘を通して耳朶に入るのを感じながら、私はゆっくりとしゃがみ込む。そして腕の中にあったピンク色の花束を墓の前にソッと置いた。派手な包装の隙間から見える美しい花びらに大きな水粒がとめどなく降り注ぐ。それはまるでその花弁の色を消してしまうかのようで。落ちてしまったら嘸かし勿体ないことだろうと思った。私は目を伏せ、石版に彫り込まれた名前をなぞり、彼の名を呼んだ。答えはない、ある訳がない。私の愛したあの人はもう、ここにはいない。


「…貴方がこの世から亡くなって、物質界ではもう随分経つ。しかし私にとってはそれもほんの最近のことです。」


発した言葉の先からそれは雨粒の中へと溶けていく。私は立ち上がり、傘を降ろして空を見た。曇った空から垂直に降るその粒は私の頬を濡らし、それは顎を伝い落ちる。



「貴方は、いつになったら私を解放してくださるのでしょうね」



(忘れられない想いを)
(溢れ出す愛おしさを)


「私はどこへ向ければいいのですか」


天国へ行ったであろう貴方には、もう、逢うことさえ叶わないというのに


(悪い)

目を閉じればそんな声が聴こえてきそうだ。表情さえ明確に、貴方の悲しげに笑うその顔がふと浮かぶ。私が愛した、貴方の。


「獅朗」


もう一度、震える声で彼の名を呼ぶ。今度は届く気がした。返事がある気がした。変わらず沈黙。ただ、少し貴方が笑う気配がしたような気がする。私は瞼を手の平で覆い隠し、消えてしまいそうなくらいの声で呟いた。


「それでも、私は貴方を愛しています。今も、これから先も」









雨が降る。
涙の流せぬ私の代わりに、世界に雨が降り注ぐ。
その先にはいくつもの運命(さだめ)を背負った人々がいて、貴方はそれを見てまた哀しみに暮れるのだろう。
しかしこの雨が上がった時には、世界の濁りを拭い去ったその時には、
きっと貴方の好きな世界がそこにはあるのでしょう。貴方が笑顔で生きていた、あの素晴らしい世界が。



あの人は最後までこの世界をしていた

(だから私も同じように、貴方の愛したこの世界を愛すことにしましょう)
(愛す意味は違くとも、貴方へ向ける想いは変わらずに)




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