笑顔がチラリ


パチパチと、掌を叩く音がテントの中へ響く。玉乗りをするトイトイに玉から降りるように指示をして音の方へ目を向けると道さんがそこにいた。

「はい、全員しゅうごー」


彼は覇気のあまり篭って声を発して一つ、大きな拍手をした。テントの端の端までいた団員が彼の合図によって一斉にその周りに集まる。勿論俺もトイトイを抱えて彼の元へ小走りする。そうして数分後、テントの中にいた団員全てが彼の傍へと集合した。道さんは辺りを見回して全員いることを確認すると、こほんと小さな咳ばらいをして口を開いた。


「あー、めんどーだから単刀直入に言う。このヤツドキサーカスに新入りが入った。…おら、新入り挨拶!!」
「す、すみません!えっと、あの俺、今日からここでお世話なる菊地って言います!」


よろしくお願いします、とふるふると震えながら菊地はそう言って深く頭を下げた。その姿はまるで、繊細で臆病な兎を俺に思わせた。そう茶色の兎。ほわりとした髪からそれは連想される。

そんな新入りを道さんは軽く一瞥するやいなや「ほい、じゃー解散」と大きく手を広げて、さっさとテントを出ていってしまった。こんな風に彼が変わってからはいつも呆気なく集会は終わりを迎える。それからしばらくの間はあの新入りをどうすればいいのかとかでざわりざわりと人の声が拡散していたが、やがて対応に困ったメンバー達はそそくさとそれぞれ持ち場に戻り始め、さっきまで多くの人で埋められたそこには最終的に俺と菊地しかいなくなってしまった。

そんな新入りの彼はというと、顔を上げてえっと小さな声を発し、不安そうにきょろきょろと辺りを見回していた。新入りというのはどの場面であっても最初は不安でいっぱいである。だからそんな状態の新入りに一番必要なのは早くその場に慣れること。それなのにこんな状況ではなんだか彼が気の毒だ、と思ったらいつの間にか俺は彼に声をかけていた。

菊地、と先程聞いたばかりの彼の名前を口内から外へ出すと、当人は大袈裟なほどに肩をビクッとさせてゆっくりと俺の方に怯えの入った目を向けた。肩を窄ませて瞼を何度もぱちりぱちりと瞬く彼に俺は怯え過ぎだろうと少し呆れを交えて鼻から溜息を漏らし、口角をあげた。そうして菊地にゆっくりと近付くと腕を曲げて彼の顔の前に手の中で抱いているそれを寄せた。そんな俺の行為に菊地は驚駭するように少し目を見開く。


「俺は調教師の鈴木、こっちはトイトイ」
「へ」
「それとあっちにいるのは中村、佐藤、杉浦。あそこでジャグリングしてんのは波川。そんであの台の上にいるのは土屋」
「え、あ…えっ」


テンポよく順々にテントの中の仲間達を指していく俺とは逆に視線を固定させないまま必死に顔と名前を一致させようとして目を回しかけている菊地。ふぃと見たその横顔にくすりと笑みを零し、腕の中からトイトイを解放して下に降ろした。そして左手で菊地の肩を抱き、彼の視線と同じになって再び団員の名前を羅列する。


「そんであそこで綱渡りしてんのが長谷部、的にナイフ投げてんのは矢野。空中ブランコの今右にジャンプした方は増田、左は長沢…ここまで覚えたか?」
「へっ!?あ…多分、ですけど…すいません」


ずいっと顔を近づければ菊地は顔を赤く染めて頷きながら謝るもんだから、それが何だか可愛らしくて思わず唇から笑声が洩れた。え…あの、鈴木、さん?と不思議そうな顔して俺を見る彼の瞳にはもう先程のような怯えはない。俺は笑顔を浮かべたまま空いた右手で菊地の特徴的な茶色い髪をぐしゃぐしゃと撫で回した。うわっと小さな声を発した彼の頭に自分の頭をぶつけ、思う存分その柔らかい髪質を堪能して手を離し、頭にぽんと手を置いた。

「みんなこれからお前の仲間だよ。だからよろしくな、菊地」


再度頭を撫でれば目の前のポカンと呆けた顔は一変、くしゃりとそれは崩れた。不器用な笑い顔が俺の瞳の中に形を残す。

「はい、よろしくお願いしますっ!!」




綺麗な笑顔だ。そう思った。


笑顔がチラリ
(垣間見えた一瞬のそれを、これからも彼は俺に見せてくれるだろうか)





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