こんな広い場所で今君と


「道さーん」

円形の形をしたテントが目の端で揺れる。その上でパタパタとはためくのは両手で囲んだ俺の唇から漏れ出す彼、の顔に描かれたペイント模様のフラッグ。吹き抜ける風が速くて、その模様も今じゃ何も見えやしない。

…こんなふうに、今日は何だか朝から風が強かった。やっと冬も終わって昨日は暖かい陽気で心地好かったというのに、今は日差しさえあるものの風の冷たさで身体の芯まで寒さが染み入る。あぁ早くテントの中でぬくぬくと暖房へ当たっていたい。けれどそれは彼を見つけるまでは叶わないのである。

「道さーん、どこですかー?」

もう一度彼の名前を叫ぶ。ふんわりと風が俺の言葉をさらってく。これじゃあキリがない。俺は自分の冷えた掌へはぁと息を吐きだし、擦り合わせて暖を取ろうとしてみる。無意味だった。諦めて再び彼の姿を探す。いつもならすぐに見つかるのに、こういう時に限ってどこにもいないから困る。彼が普段いるところといえば、あの不思議なクマのところとかそれがなければ自分のテント、とにかく俺の検討のつく場所にいるのに。
いない。今日はどこにもいない。買い出しにでも行っているのか。いや、それならロデオは彼のことを俺に尋ねたりしないだろう。あぁ、なんだって俺はこんなこと引き受けてしまったんだ。
貴方に少しでも多く会えるからなんて、女々しい理由にも甚だしい。止めてくれ。自分で思っときながらあれだけど、正直思い返すと羞恥心に駆られて仕方ない。身体は相変わらず寒いのに顔だけが熱くなる。熱を冷ますように顔を横へ振れば、耳朶に向かって強い風が叩きつけられた。痛い、そしてやはり寒い。


俺は口元から手を降ろし、掌を再度擦り合わせる。仕方ない、一旦どこか風のない場所で温まろう。彼を探すのはそのあとだ。このままじゃ彼を見つける前に俺が凍死してしまう。そう思うが否や、俺はたまたま近くにあった自分のテントへと身体を滑り込ませた。入った瞬間、思わず悲鳴をあげそうになる。





「だ、団長…?」


スーと規則正しい寝息。
はたりと閉じられた瞼。
小さく丸められた身体。
無垢な子供のような彼の姿に思わず目を見張った。まさか、俺のテントにいるとは…いやいやその前に何故俺のベッドで寝ているんだ彼は。彼のテントはここからそんなに離れたところじゃないっていうのに。一体何故。


頭の中では疑問詞ばかりがくるりくるりと回る。不思議なこともあるものだ。いやこんなことを考えている場合ではない、その前に彼を起こさなくては。ロデオと会ってから随分な時間が経っていた。きっとあいつも待ちくたびれていることであろう。そう思って俺はそっと彼の身体に手を伸ばす。ゆっくりと真っ直ぐ彼へと伸ばした指先が、そっとその身体に触れた時、彼は身体を小さく揺らした。卑しいことなど一切していないにも関わらず、俺は反射的に後ろに下がった。もぞりもぞりと彼の肩がゆっくりと動き、うーんと間延びした声をあげる。そしてしばらく経ってそれが動かなくなったかと思うと、再び彼は鼻から小さな息の音を漏らし始めた。ふんわりと微笑が浮かぶ彼の口元。それを見た瞬間、俺の頭からはロデオにした約束などぱったりと消えてなくなった。

そうして俺は、吸い込まれるようにベッドに寝転がり、彼の身体を包み込むようにして抱き込んだ。鼻から抜ける彼の香水の匂い。それを記憶の片隅に残し、俺は静かに目を閉じる。暖かな腕の中の温もりが、もう一度小さく動いた気がした。



こんな広い場所で今君と
(この広い世界で貴方に会えたこと)
(大切な貴方の傍にいられること)
(こんなに幸せ世界、きっと他にはないでしょう)




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