お気に入りの曲が聞こえた


耳朶の奥へなめらかなリズムを刻んだそれが流れ込む。ボーカルの囁くような声。その後ろで細い弦を指で弾いて奏でるベースの音が2本と、テンポよくスネアやシンバルを叩くドラムの音が派手に、だけどある時は主役を引き立てるように控えめにも鳴らされていた。
そして俺はそれを、ヘッドフォンにある薄い膜の外から鼻歌まじりに聴く。目を閉じると、そのボーカルが言葉を呟くのよりも少し早く歌詞が頭に流れ出る。それほどまでに何故か聞き込んでいた。俺にこんなものを聞く機会などいつあったのかは知らないが。

俺はゆっくりと目を開く。眩しいくらいの日の光が俺の瞼を下ろし、細めさせていた。曲のフレーズを小さく口ずさみ、思案する。

俺はこの曲が酷く売れたということを聞いたことがないし、これを歌う彼ら自身も特別有名なアーティストだという訳ではない。それに俺の好きなジャンルとこの曲は少し違うし、自分からは多分好んではあまり聴こうと思わないものであった。
それなのに、こんなにも深く俺の心に刻み込まれたこの曲には何かしらの力があるんだろうか。俺は本気で不思議に思う。
ふと俺の頭上に影が降りる。地面に映るそれは俺にとって至極見覚えのあり過ぎる物であった。


「鈴木!ねぇ聞いてる!?鈴木!!早く今日のリハーサルしよ!」
「あ…あぁ」


俺の目の前にずぃっと顔を近付けてきたトイトイの表情が不機嫌だった。俺はこれ以上待たせるのは悪いなと思い、慌ててヘッドフォンを外して立ち上がる。

「ね!ね!何の演目からやる?玉乗り?三輪車?私貴方とならなんでもやるよ!!」


俺の前をくるくる回りながらスキップして歩くトイトイにそうだなぁじゃあ玉乗りするかと相槌を打つと、トイトイはじゃあ鈴木待ってて!私一人で取ってこれるよ!!と言うがいなや、あっという間に俺の前から姿を消した。トイトイの名前を紡ごうとした口を閉じ、俺は音を流すのを止めた音楽プレーヤーに表示されたアーティスト名と曲名を見つめる。



「―――♪――――♪♪」



ヘッドフォンをつけてもいないのに、聞き覚えのあるフレーズが耳朶に響く。俺は見つめていた電子画面から目を離し、音の出所へとそれを向けた。色彩豊かな服を着たこのサーカスを仕切る団長が俺の目の前を通る。その鼻から洩れるその音は、いつの間にか俺の鼻からも音を発する。テンポのよいメロディーが空気中でぶつかって分解。彼から聞こえていた音がぷつりと途切れ、顔にいかにも不思議だという表情をのせて彼がこちらを向いた。俺も彼同様鼻歌を止める。


「なんだァ?鈴木、お前も知ってんのかこれ」
「あ、はい。よく聴いてますよこれで」

右手で音楽プレーヤーを掲げるとほーっはぁ!!世には物好きもいたもんだなっ!と嬉しいのか馬鹿にしてんのかよく分からない叫び声をあげてプレーヤーを手に取り、彼は笑った。

「はぁーん、顔に似合わずこんなん聴くんだなお前は!」
顔に似合わずは余計だと悪態つこうと口を開くが、ヘッドフォンを頭に被せ音楽を聴き始めた道乃家の姿にハッとする。

「―――♪――――♪♪」


(あぁ…そうか)


何故俺がこれを知ってるって、貴方がこうやってよく俺の隣で歌うからだ。



そう思ったらなんだか嬉しくなって思わず笑うと、隣の彼は眉間に皺を寄せて怪訝そうにそんな俺を見た。



お気に入りの曲が聞こえた
(綺麗な声じゃあないけれど)
(俺は貴方が歌うそれが好き)





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