流れ星がひとつふたつみっつ


昔、母が言った。
「星が流れたとき、願い事を3回唱えるとその願いが叶うのよ」と。

昔、父が言った。
「流星が1つ発光している時間など一秒前後しかないのだから、そんな願いをする自体無意味だ」と。

昔、使用人が言った。
「そもそも流れ星なんて滅多に見れるものではないですから、所詮私達には夢現物ですよね」と。



それを聞いていた小さな頃の俺は、絵本を脇に挟んでうんうんと聞いていた。そうなのか、ととりあえず納得した。無垢な子供であった俺には大人の言うことは絶対だった。だが今思えばそうなのかでは済まされないほど、それぞれの言いようは別個のものであった。しかし、だからと言って今更何が本当で何が贋物であるのかを知るには遅すぎる年齢であるし、この生きてきた何十年間に一度も見る機会さえなかったのだからいらない情報だと切り捨てた。
…だがどうだろう、この窓ガラス越しに見える天空に引かれては消える一筋の輝かしさは。
あぁ、そうかこれが


「流れ星、ですか」


背中にかけられた低い通った声。誰のものなのか、見ずとも分かる。


「シャチか。どうした、書類か?」
「えぇ。次の企画書を整理いたしました」
「そう、か…」


シャチへの言葉が掠れる。意識はすでに真上へ広がる光の筋へと向けていた。急に明るくなったり消えかかったり。忙しなく流れ行くそれを視界から外さぬように懸命に追う。後ろでクスリと笑い声。今日は機嫌が良かった。だからなんだとただ単純に抑揚のない声で聞く。カツリカツリ。足音が近付く。

「いえ、人間というのは本当に不思議な生き物だと。私達はよくこのような現象は目に入れておりましたので」


そんなに物珍しそうに見るほどの物でしょうか。高が小天体と他の天体の周りにある大気との衝突なのでしょう?



あぁ、そうなのか。
思ったが何も言わなかった。その代わり窓に手をつけ、クスリと先程のシャチと同じように笑った。


「夢のない話だな」
「現実などそういうものでしょう。それとも、貴方はまだそのような夢を信じるような方でしたか」
「ふん。そう見えるか」
「いえ。流れ星に願い事を、なんてそんな非日常を貴方が信じているなんてとてもとても」
「願い事、ね…」


可愛らしい夢心地な言葉に嘲笑。そうしてゆるりと回された、強い塩の香りのする黒い腕に頬を寄せる。その心地好い感覚に俺はゆっくりと目を閉じた。


「そんなもの、願わなくとも欲しいものはここにあるさ」


流れ星がひとつふたつみっつ
(誰の言ったことが見せかけかなんてどうでもいい)
(要は自分が信じるか信じないかが肝心なんだ)





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