君にさよならの口実を
この日、
自分の未来が確定した瞬間、俺は決めたんや
今度こそもう、
「別れたってくれ」
"さよなら"やって
医者からそれを聞いた時、嗚呼遂にきたんかと思うた
「…長くて、一週間ですね……」
予想なんぞ簡単に出来た。
清潔感に塗れた白い空間の中にずっといるくせ良くなる傾向など少しもなかったし、見舞いにくるおかんの目が充血して今にも泣き出しそうやったから。
だからきっとそうなんやろうとは思った。
覚悟はしとったし、死ぬんはそりゃあ怖いけどそれが俺の運命(さだめ)なら仕方あらへんと諦めた。
やけど、やけど
「よー勝呂!見舞いに来たぜー!!」
廊下は走らないでください!!という戒めの言葉と共にドタンバタンと病室に純粋な笑顔を浮かべて奥村が入ってくる度に毎日もしもの時のために伝えなきゃならん始めの一語さえでないんや。
別れてくれ、やなんて
たったの一言だけやのに
こんなにも重くて、言葉にするのが辛いやなんて
(俺は、知らん)
ほんは知りたくもない。
じゃけど言わな、早く言わなあかん。
やないとあいつを傷付けることになる。
じゃからこれを気に今日こそと思うて病院の屋上に呼び出した。
今日も俺を見て嬉しそうに笑う奥村から目を逸らして無理に出した強い調子の声に精一杯の偽りを乗せて背を向ける。
後ろでしゃくりあげた声を聞いたが振り返らずに階段を降りる。
これでよかったんや。
これで俺はあいつを不幸にせんで済む。
あいつはこれから違うやつを好きになってそいつと幸せになればえぇんや。
それを想像して胸を安心感が包む、
だけどそれを否定するかのように胸中はまるで穴が空いたかのように空虚で痛かった。
膝から力が抜けて階段に座り込むと思わず気が抜けて涙が溢れた。からからに乾いた喉から枯れた声が絞り出る。
「もう、ほんに終わりなんや」
(あの笑顔もあの声も、もう何も俺に向くことなんてないんや)
そう思ったら酷く寂しくて辛くなって、
声を押し殺して一人小さくうずくまって目を閉じて願う。
(仏様、もうこんな俺なんか見放してくれたってもえぇから。だからどうか今だけはあいつを想って泣くんを許したってください)
もう戻れぬ過去に
"さよなら"を込めて
君にさよならの口実を(ほんは今すぐ戻って抱きしめたい、やなんて)
(なんて未練に汚れた恋慕なんや)