※そして最後の恋をする
※捏造
※ちょっとR?(直接的なものはない)
今まで俺が身体を張ってしてきたものを、
一体それを何と呼ぶというのだろうか
そして最後の恋をする「は、…ッはァ」
室内に響くほどの荒れた息が自身の耳朶に焼き付くように響く。それと同時に身体の底からの冷めない熱に火照る顔からは、顎を伝うほどの汗が吹き出る。
…夢であって欲しい現実をこの目で見つめる瞬間は、いつもそんな状況でのことだった。
(痛い、痛い)
(喉が痛い、腰が痛い、身体が痛い、そして何より)
心が痛い
どろどろと中から他人のそれが流れ出る感覚。両の手と足首に付いた生々しい紅。鏡に映り込む、酷い顔をした、俺。
(醜い顔なのは元から、か)
左半分の異形な顔に右手を這わせれば人間には普通ない凹凸(おうとつ)に触れる。
(これがなければ、なんだって出来たんだ)
幸せはないが、
普通の『ヒト』としての生活が
(なのに、今のこれはなんだっていうんだ)
他人に媚びを売って
笑い諂って罵倒されながらも身体を明け渡して
(こんなの、こんな…の)
「伊佐奈」
突然ふと感じたのはふんわりと薫る塩の香り。それと同時に現れたそいつを鏡越しに見れば、そいつはふっと哀しそうに笑いながら止めてくださいと俺の右手をやんわりと包む。顔の左半分からそこに触れていたその手を離した瞬間、感じたピリッとした痛覚と鉄の臭い。
どうやら俺は無意識にそこへ爪をたてていたようだ。
「ッ――……」
「伊佐奈」
肩口に触れる息。繋いだ俺の右手とそいつの右手。後ろから俺の身体に回る黒い左手。
その全てから自身以外の温かさを感じて、思わず嗚咽が漏れた。
痛い、痛い。身体がみしみしと軋んだ音を発してすぐにでも崩れてしまいそうだ。
不安で、一つになっている右手を力任せにぎゅっと握ると、それの半分くらいの力で握り返す優しさが返ってきた。
【まるで化け物だな…ッ!】
人じゃない、そんな自分を誰にも見られたくない。
大嫌いだ。こんな醜い、人として生きられない姿なんて。
「大嫌いだ…この世界も、俺を馬鹿にする奴らも何もかも…ッ」
身体を犠牲に
この城を人気の水族館へ仕立て上げて
俺が汚れる度に
入ってくるのは大量の欲の塊
喘いで善がれば
下品な笑みと共に降る気持ち悪いほどどろどろとした偽り事
勝手に肌に付けて行く朱い跡は
消えることを知らない
そんな汚れた腐った世界なら、そんなのもう
イラナイでしょう?
「伊佐奈…ッ!」
降る雨。それは上から一粒落ちてきただけだった。正面から強く抱きしめられて顔を上げる。喉から漏れたのは掠れた笑い声。
「はっ…何でお前が泣いてんだよ」
手を延ばし、自分よりも大分高い位置にある目元を指で拭う。その手はそいつの目元を全部拭う前に取られ、再びぎゅっと握られる。震えたその手に戸惑っていると、そいつは俺の手を胸に寄せた。それはどくりどくりと、生きているという音を発している。
「俺が、貴方の世界を守ります。誰にも壊させたりなどしません。だから、」
(だからどうか、貴方は私だけを見て)
そう言って咽びもせず静かに泣くそいつの表情はなんとなく酷く切なげで、俺は意識もせずただ自然に左腕を相手の身体に回した。厚い皮膚の下、そこには確かに、俺の欲した温かさがあった。
そして最後の恋をする(最初で最後の)
(貪るような狂おしい恋)