偶然見つけた君の姿


今日、朝から俺は一度も彼を見ていなかった。
いつもは俺が起こしにいくまで自室で眠りについているか経済学の本を戯れ程度に読み散らかしているかのどちらかしかしていない彼が、今日はその場にいなかった。
しかもベッドのシーツは珍しく綺麗に整頓されていて、机の上に山積みとなっている書類にも全て目を通してあった。
珍しいことだが、まぁまだここまでならいいのだ。気まぐれな館長ならそのようなことがあっても不思議じゃない。
だがそれに加えて今日、遅れることはあっても来なかったことはない定例会議に出席しなかった。エコーロケーションを飛ばしても彼から何の反応も一向になかった。

ということは、だ。


今彼は、

(ここにいないということ)
そしてその理由(わけ)を俺に言わずに行ったということ
それはつまり、
(彼が完全な人間に戻ってしまった)
そういうこと


自由になることは
俺がいつも願っていたことだ
あの広大な海へ帰ることは
俺が一番に望んだことだ
自然界の生物は自然な形で生きるままに、
彼がいない今なら、すぐにそんなことも叶うのに

何故俺の心はこんなにも貴方を、


「シャチ…?」
「…っ!?」



彼がいつも俺を呼ぶ時に使う名前が頭に響き、俺は水上に浮上するようにして我に返る。透き通った水の中、歪んでぼやけても分かる見慣れた愛しき姿。
俺はガラスごしにも関わらず、無意識にその姿へ手を延ばす。隔たりを超えて、俺は彼の身体を抱きしめた。


偶然見つけた君の姿
(やはり貴方なしでは生きてゆけない)






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