蒼空に恋をした



手を延ばせば、
簡単に手に入ると思ったんだ。
いつだって俺の傍にいたから、ふとした時には掴めると思ってたんだ。
だけど、そんなのはただの幻想でしかなくって、本当は何よりも一番遠くにあったんだ。




「いーさーなー」


ぼんやりと耳朶を通る一語一語が、繋がって一つの言葉を紡ぐ。嗚呼、それは俺の名だ。そう気が付いてゆっくり目を開けると、そこには目いっぱいの恋人の顔が目に入った。純粋なほど紅く輝くその瞳と目が合いそうになるのを、瞼の裏に腕を当てて防ぐ。


「なんじゃ、具合悪いんか?」


ソファの背もたれに腕をついてそこから身体を乗り出す格好で椎名がいるせいでまだ新品の黒革のそれが変な音を発する。しかしそれを指摘するほどの気力もなかった。


(全部、さっき見た夢のせいだ)


俺は掌で顔を覆うように腕をずらす。四季通して冷たいその指の隙間から薄く開いた目を通して椎名を見る。
ふんわりと先ほど見ていた夢の情景が再現される。



ばしゃり
背中から水面に叩き付けられる音。
浮遊する感覚が身体に染み込み、そこから深く濃い青に侵食される。
俺は今すぐにでもそこから出たかった。絡み付くような青に急速に沈んでゆく自分の身体を上に上げようと手足を動かすが一向に浮かぶ気配がない。寧ろ段々と沈み込むように光が消えて行く。
上を見上げれば、水面上には薄い真っさらな青とお前の姿があって。
俺は手を延ばし、その瞬間何かを掴んだ感触がして思い切り延ばした腕を掻いた。
しかし手の内には何もなく、代わりに身体はもう黒に近い青で満たされ、闇に引きずり混まれるようにして光は消えた。


そんな、不思議で不気味な夢。
しかもあながち間違ってもいない気がしたから余計怖かった。

だって闇と光があるなら確かに俺は完全なる暗闇で椎名は眩しいくらいの光輝だ。
どんなに願っても混ざり合うことなど叶わない、
灰の色。
手を延ばしてもきっと掴めない
だけどなぜだか傍にある


だからもしその俺が延ばした手を掻いた時にそこに君がいなかったらって、あの夢みたいに光が、椎名がいなくなったらって思うと、

(怖くて、仕方がない)


「えいやッ!」


バコンと変な音がした。えっという声を出す前に寝転んでいたソファが壊れてボロボロと崩れる音がして慌てて立ち上がる。大理石の床に似合わないソファの残骸。
ピキッと青筋がたって椎名、と叫びにかかろうとすればいきなり抱きしめられた。
驚いて一瞬息が止まった。

「ちょっ…椎」
「わしがおるのにそんな変な顔すんな」


ビクッと身体が揺れる。
ギュッと俺にかけられる力が強くなる。


「何があっても、わしがお前の手掴んで離さん。約束じゃ!」











そう、
どんなに願っても黒と白を混ぜたらどうやったって明るい色になどなりはしないだろうけど、


(それでも俺は、君が恋しいんだ)


どんなにこの手を延ばそうが、届くことなどありはしないんだろうけど。
目前に広がるこの深い蒼色に満たされた、君のその眩しさが。

俺は恋しくて仕方がない蒼空に恋をした
(儚む願いだけど、君から掴んでくれるなら何にも心配いらないね)



Back



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -