追想の果てる先ならば
※暴力表現あり
渇いた、肉を打つ革の音が耳朶の内部で反響する。バチンという鈍い音と共に広がるヒリヒリとした鋭い火傷のような痛み。赤竜がうごめくような赤い膨れ上がったそれは、彼の前に平伏した俺の黄褐色の身体にまざまざと跡を残していった。縮こまって圧迫されている肺に上手く酸素が行き渡らず、思わずくぐもった声が出た。
「ぅぐッ、は…はッ、」
「鈴、木」
俺の頭上から自身の名が、震えた彼の声に乗せて降る。俯いたままの視線を少しだけ前方に流せば、地面に映る俺の影に彼の黒い手が延びてくるのが見えた。震える指先がゆらりゆらりとぼやけて形を、色の濃さを変えて行く。
バチンと再び革の音。
さっきよりも鈍いそれは、俺の身体に痛みを伴うことをしなかった。俺の影から彼の黒い手が引かれる。頭上から今度は苦しげに吐かれた息の音が聴こえてきて、自分の身体状況など構わず俺は身体を動かす。力の入らない両の手の平から地面へと全重力をかけると身体が痛みに軋む音がするがそんなの関係なかった。引き攣りそうな筋肉をなんとか支えて無理矢理に顔を上げ、そうして目を見張る。
上げた先に引き込まれた視界の像は、紅く染め上げられた彼の頬だった。それと頬を押さえて俯く彼の隣に立っている総支配人と名乗る黒い巨体を持った熊。その手には彼がさっきまで持っていたであろう革ひもが掴まれていて、そいつはそれを地面に何度も叩き付けていた。バチンバチンと生々しい音が耳朶から今も、離れない。
「どうしたんですか?道乃家さん」
穏やかな、微笑ましいような、そんな優しげな表情をしてその熊は笑う。そうして爪を剥き出したその手で鞭を弄び、持ち手を彼に向かって差し出す。ハッと彼の息を呑む音。そんな彼に熊はニッコリと顔を歪ませた。
「悪い犬には調教。ねぇ道乃家さん、そうでしょう?」
「…ッ、だけど志久万さん俺は」
彼の声が肉打つ音によって掻き消され、途切れる。無数に重なる音の連なりは彼の身体から音を発し、それはやがて彼の唇から漏れる呻きへと変わる。崩れる身体。荒い息遣い。痛々しい紅色。瞳の中で色鮮やかに染まるその世界に俺は、胸奥をえぐられるような感覚がした。
(道さん)
無意識に口から零れた彼の名称。ゆっくりと上げられた怯えたように揺らぐ瞳に愛おしさを込めて笑いかける。
「道さん、俺は…大丈夫です、から」
「…ッ」
だからどうか、貴方は自分のことだけを
「さぁ、道乃家さん。やることはもう、分かってるな?」
背後から化け物熊が諭すような口調で彼に鞭を投げ付けた。地面に転がったそれを拾い上げた道さんは、持ち手を掴んで再びそれを振り上げる。
振り上げた瞬間の貴方の泣き顔を、きっと俺は忘れない
追想の果てる先ならば(どこを見渡したって何も存在しないだろう)
(それが君の残像だって、きっと)