カチ、カチ、カチ、
あ、来る。


ガラガラ


ほらね、と思わず緩んだ口元を慌てて手元にあった本で隠す。それから一度こちらを向いて無表情で会釈する。私もそれに応じるように返すと、窓側の後ろから3番目の席に座って持ってきた本をパラパラと捲るのだ。私が心で思った通りに行動する彼に又も緩みそうになった口元を引き締めた。我ながらストーカーみたいだな、なんて思ってしまった。一ヶ月前、図書委員になり、しかも私以外は皆部活動やら何やらで忙しいため放課後の図書館当番を押し付けれられたのだ。まあどうせ暇なので丁度いいのかもしれないけれど。

それからダラダラと当番をしていて、何点か気付いたことがあった。
一つ目はこの図書室の利用者は有り得ないほど少ないこと。テスト前を除くと週に3、4人来ていい方だ。
二つ目はそれでも何故か毎日来ている人が1人居ること。しかもその人は毎日同じ時間に同じ場所で同じ動作をして同じ時間に帰っていく。変わった人だなあ、と観察している間にその人の動きが段々読めてきて面白い暇つぶしになった。勿論何回か本を借りて行ったこともあるので学年や名前は知っているし(というよりあの人は容姿がとても綺麗で学校内でも有名なので知らない人は少数だろう)、一言二言だけど話したこともある。学年が私より1つ上のイタチ先輩は時折見せる笑顔がとても素敵な人だった。


「あの、」
「…んえ?」
「…大丈夫か?」
「え、あ、はい」


やばい、私ぼーっとしすぎてたかな。いつの間にか私の目の前に立っていた彼は少し眉間に皺を寄せている。考え事をしていたなら邪魔したな、と言ったイタチ先輩に苦笑いで返した。


「それで、どうかしたんですか?」
「嗚呼、本を借りたくてな」


なんだ、本か。って何がっかりしてるんだ私。自身でもよくわからない落胆につっこみながらイタチ先輩から渡された本を受け取る。あ、この本私が好きな本だ。表紙と挿絵に描かれた少年と少女の絵が可愛くてあまり本を読まない私にも優しい文章がお気に入りだった。こんな本を読むなんて珍しいな。いつもは文章ばかりの小難しそうな本を借りていくのに。


「珍しいですね」
「何がだ?」
「こういう本読むなんて」
「…そうか?」
「はい、私的にはこの本好きなんですけどね」


何故だか照れたようにポリポリと頭を掻くイタチ先輩に、判子の押し終わった本とカードを返した。お前はよくこの本を読んでいるからな、と小さい声で言ったのが聞こえた。え、よく知ってますね、そう言えば目線を逸らされた。


「それくらいは見てれば分かる」
「ほう…」
「…借りてみたくなったんだ」
「え?」


いきなり話が飛んだかのように思えたけれど若干早口で言葉を続けるイタチ先輩に、何のことだか聞く合間さえもない。

お前がいつも幸せそうにこの本を読んでいるから、

そう言われた瞬間なんとも言えない感情が私の心をわし掴みにして体温が急に上昇した気がした。その言葉とその笑顔をセットにしたら女の子なんてイチコロだ。ああ、なんかイタチ先輩のモテる訳が凄くわかる気がする。


「…時間だ。それじゃ、借りて行くぞ」
「あっ、はい」


行ってしまう。別にいつものことなのだけれど、今日はなんだかもう少し彼と一緒に話していたくて喉まで出かかった言葉に口を開きかける。ごくり。


「イタチ先輩!」
「…ん?」
「明日、明日は来ますか!?」


当たり前だろう?この本の感想を伝えなければならないからな。
ガラガラとドアが閉まってそろそろ此処にも鍵をかけなければならない。ぼーっと椅子に座って窓の外を眺めながら、今日のあの人の行動は予想外だったな、なんて口元を緩ませた。















乏しいものなんだ




(明日が楽しみだ、なんて)









100212 title:コズ