「泣かないで」


縁側にふたり並んで風を感じながら、涙で濡れた彼女の頬ににそっと触れた。指先から伝わる感覚は滑らかで、シルクのカーテンを思い出した。無垢だ。無垢で、壊れやすい。僕の指先から彼女の白い頬にじんわりと黒が侵食していってしまいそうで怖かった。


「無理、です」
「どうして?」
「かなしい」


単語を途切れ途切れに話す彼女は、嗚咽が止まらないようだった。綺麗だ。必死に息を吸って吐いて、生きてるって感じがする。僕は今までこんな風に泣いてきたことがあっただろうか。嗚咽なんて漏らしたことがあっただろうか。そういえば小さい頃は姉さんに叱られてよく泣いていたっけ。愛しい彼女の泣き顔を見ながらぼんやりと考えた。


「総司さん、」
「ん?」
「こわいですか」


不意に目があったと思えば、今にも零れ落ちそうなほどの涙を浮べて細い声で呟いた。僕は少し考えた後、「こわいよ」と答えた。こわいですか、と言われればこわくないとは答えられないだろう。実際今だって怖くて怖くて彼女に抱きついて「死にたくない」って叫びたい。死ぬなら戦場で死にたかった。此処で沖田総司を名乗ってから、死に場所は戦場だと決めていたのだ。なのに、なのに。刀も振るえなくなるなんて。誰の役にもたてないただの病人になってしまうなんて。本当、冗談じゃないよ。誰が聞いても呆れる。


「泣かないで」
「それはこっちの台詞だよ」
「いいえ、総司さん、泣いてるもの」
「僕が?」


僕が泣いている?そんな馬鹿な。
慌てて頬を確かめてみたけれど、濡れてなどいなかった。何だ、嘘じゃない。僕を焦らせるなんて結構な大物になったものだよね、君。ほっとして笑いかけると彼女はぶんぶんと首を横に振った。「泣いてます、私にはそう見える」「冗談」再び彼女は首を振る。


「泣かないで、総司さん」


彼女の真剣な表情に、僕は何も言えなくなっていた。泣いてなど居ないとわかっているのに、彼女の表情を見ていると僕はもしかしたら泣いているのかも、と錯覚してしまいそうだった。人前で、しかも一番愛しい人の前で泣くなんて有り得ない。だとすると完全に彼女は嘘を吐いていることになる。僕はやっぱり泣いてなんか。だけど。いや、しかし。


「僕は、」










かなしいのは、さみしいのは、だあれ


乾いた頬を白い指でなぞられた僕は、否定も肯定もできなかった。
本当は泣いてしまいたいんだ。死にたくないいやだいやだと、嗚咽を漏らしながら。ねえ、泣かないで。







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