ほんのり残る冬の匂いが鼻を掠める。四方八方から聞こえる卒業を祝う声は煩いくらい耳に響いた。


「今年は去年より凄いよね、」


隣でカメラと卒業証書を手に持った何人かの女の先輩がきゃあきゃあとそんなことを言っていた。確かに今年は去年なんかと比べ物にならないほど、凄い。何が凄いかってそりゃあ毎年恒例のアレだ。卒業していく憧れの先輩から第2ボタンやら学ランやらを毟り取る女の子達の戦争だ。今年は美青年集団が卒業するともあっていつもより酷い有様になっているようだ。私は別にミーハーではないのでそういうジンクスやら憧れの先輩やらに興味はない。まあ、というより貰う相手は一人だけでいいのだ。…その相手も今やあの女の波にのまれていると思うけど。


「っていうか、イタチ君とかYシャツのボタンまで取られてない?」


わ、Yシャツ…だと…!?さっきの先輩達の会話から聞こえた言葉に耳をぴくりと動かした。…やっぱ貰う相手なんか居ないかもしれない。彼氏であろうイタチに第2ボタンを貰おうと思っていたけれど現実はそう甘くなかったらしい。確かに物凄い量の女の子達の間から時折見えるイタチの学生服のボタンは既にスッカラカンだった。それどころか学ランさえも破れそうなくらい引っ張られている。私が男であってもアレは羨ましいとは言えないだろう。寧ろ恐怖だ。

同情しながら視線を送るとパチリと目があった。(遠目だから言い切れないが)
何やら必死に手招きをしている。…あの戦場に来いと言っているのか。あからさまに嫌な顔をするが今にも死にそうな彼氏の顔を見ていたら自然と足が戦場に向かっていた。嗚呼、くそ。逝きたくないのに足が進んでしまうのは愛故か。


「イタチ先輩!私と写真撮って下さい!」
「イタチ先輩ー!」
「イタチ先輩ウインクしてー!」


…ウインクって何処ぞのジャニーズかなんかじゃないんだから。嫉妬をも通り越して呆れたくなる。やれやれ、と漸く近くまで来て埋もれたイタチを救いに突撃を試みるが、怖くて出来やしない。苦笑いで戸惑っていると、隙間から手が伸びてきて私の腕を掴んだ。そのまま反応する間もなく中に引っ張られ、腕を掴んでいた手が腰に回される。狭い空間の中でよくこんな手馴れたことが出来るなあ、と関心して腕の主のイタチを見る。


「…今からこいつの相手をしなければならない。道を開けろ」


静かに呟くように言ったイタチの声は意外にも聞こえていたらしく、ざわざわと先程とは違う意味でざわめきだした周囲。…っていうか、今有るまじき発言したなコイツ…!私の相手をしなければならないってどういうことだ。助けに来てやったというのに、これじゃイタチが嫌々私に付き合ってやるみたいな言い方じゃないか。…あんまりだ。突き刺さる凶器のような女の子達の目に耐え切れず下を向くと、腰に手を回したままのイタチはそのまま細く開いた道を突き進んでいく。なんちゅー無神経な奴だ。





「…最悪だ」
「最高だったな」


トボトボと歩きながら横目でご機嫌なイタチを睨む。ククク、と思い出し笑いを漏らす彼は先のことなんか全然考えていないだろう。


「どうしてくれんのさ」
「ん?」
「もう女子からの視線が怖くて学校に行けないよ」


イタチはもう卒業だからいいだろうけど、2年の私はまだ後1年学校に通わなければならない。新学期からさっきのような凶器の視線を浴びるなんてご免だ。突き刺さる視線を想像して一人青ざめていると能天気な声と金色の物体が頭上から降ってきた。慌てて受け止めると丸い物体はキラリと太陽の光に反射した。


「これで許せ」
「…全部取られたのかと思ってた」
「なんとなく取っておいたんだ。要らなかったか?」
「や、要る!超要る!」


なくなったはずの第2ボタン。取っておいてくれたことが嬉しくて怒る気が失せる代わりに口元が綻んでしまった。ミーハーじゃなくても好きな人からの第2ボタンはやっぱり嬉しい。


「…これあの子達に売ったら何円するかな」
「返せ」
「嘘嘘、冗談だってば」


クスクスと私が笑うとイタチも満足そうに微笑んだ。鼻を掠める匂いは春色に変化していた。









旅立ちの季節


(さよならと幸せ)




100315