「あ、オイラ急用思い出したから後は一人で頑張れ」


小南と別れた後、急に真顔でそう言って颯爽と消えていったデイ。え、何それ!見捨てやがったよあの髷!…まあいいさ、最初から1人で挨拶する予定だったし。少し心細くなったけどこれで叩かれなくて済むと思えば逆に嬉しく思えた。それに後残す部屋は(飛段さんを除き)101号室と103号室と104号室の3軒だけだ。早く済ませて部屋の片付けをしないと!


「まずは101号室か…」


小南の隣の部屋なので移動は簡単だ。101号室の表札には『101 PEIN』と書いてある。そしてその表札の下にどこかで見たような字で『只今留守』とだけ書いてあった。この字…どこかで…あ、大家さんの字だ。先ほどビリビリに破いて捨てたムカつく貼り紙の筆跡を思い出して納得した。なるほど。大家さんの家だったんだ。だとすれば今は旅に出ているはずなので、この人は後回しだ。


「じゃあ103号室ね」


元来た道を少し戻って103号室の前に立った。UCHIHA ITACHI…うちはいたち?これまた変わった名前の人だなーなんて思いつつインターホンを押す。どうでもいいけど今日初めて自分からインターホンを押した気がする。


「遅いぞ、ちゃんと10本買ってきただろうな…ん?」
「え?」


ガチャリと勢いよくドアが開いたと思うと中から黒髪の男の人が出てきた。…かっこいい。はっきり言って凄くかっこいい。女の人顔負けの綺麗な顔つきに誰かの面影を感じた。…この人、どこかで…


「お前…誰だ?」
「…サスケ君?」
「…サスケは俺の弟だが、知っているのか?」


無意識に出てきた言葉にはっとして口を塞ぐがもう手遅れだった。え、ちょ、この人サスケ君のお兄さん!?びっくりして目を見開くと“イタチ”さんは眉間に皺を寄せて口を開く。


「質問にはちゃんと答えろ」
「あ、ごめんなさい!サスケ君は私のクラスメイトです」
「その前にお前は誰だ?」
「今日越してきた107号室の山田名無子です」


そこまで言うと納得したように、そうか、と頷いた。


「うちはイタチだ。鬼鮫と勘違いをしてすまなかった」
「(鬼鮫…?)いえ、こちらこそ名乗らずにごめんなさい。えと…お兄さんってことはサスケ君も此処に?」
「いや、今は1人暮らしだ」


そう言って薄く笑ったイタチさんの顔が少し哀しそうに見えた。何かあるのかな。クラス…というより学校で一番モテているだろうサスケ君とはあまり話したことがなかったので、事情は知らないが何かあるのだろうとは私でも思えた。暗くなった雰囲気に話題を変えようと口を開きかけるとイタチさんがぽつりと呟いた。


「…俺がサスケのトマトを食べてしまったあまりに…」
「は?」
「別に悪気はなかったんだ。あいつがあんなにトマトが好きだとは思わずに軽い気持ちで食べてしまったんだ、トマトを。…あれがきっかけでこんな風に拗れてしまうとは…」
「お邪魔しました」


意味わかんねぇ!何がトマトだ!物凄くくだらないことで喧嘩して家を追い出されたことはわかったので、無理矢理ドアを閉めた。あのクールなサスケ君がトマトで怒るのか…ちょっと幻滅。


「ちょっと、おい!最後まで話を聞け!無理矢理閉めるな。指を挟むだろう」
「挟んでて下さい。別に聞かなくてもいいです、忙しいので」
「そう言わずに、な?暇でしょうがないんだ」
「知るか!!」


ドアを押し合い口論が繰り返される。サスケ君が追い出したのがなんとなくわかるよ。っていうか取り合えず話すのやめろ。


「あれ、イタチさん何してるんですか?」
「鬼鮫…!」


鬼鮫?口論の中聞こえた第三者の声に押し合いをやめて後ろを振り返る。…ええぇぇえ!?魚!?気持ち悪!視界に映ったのは青い顔をした半魚人だった。(いや、寧ろ魚かもしれない)バッチリ目があってしまったが、急いで目を逸らして見なかったことにした。


「イタチさん、何か私幻覚見たようです」
「幻覚?」
「はい。なんか私の後ろに喋る魚が見えたんです」
「それは幻覚じゃない。鬼鮫だ」
「何コソコソ話してるんですか。あ、イタチさん団子買ってきましたよ」


本気で幻覚かと思ったがやっぱり半魚人は存在したらしく、ビニール袋に入った団子らしきものをイタチさんに手渡している。何度目を擦ってみてもやっぱり足の生えた魚にしか見えない。


「っていうかこの人どなたですか?」
「今日107号室に越してきた山田名無子というらしい」
「へぇ…私は104号室の鬼鮫です。よろしくお願いしますね」


にっこり笑った半魚人もとい鬼鮫さんが握手を求めてきたが苦笑いをして無視した。これは…人間なのかな?まあどちらにせよ此処の住民の方みたいなので一応挨拶をしておいた。後で鬼鮫さんは人間なのかどうか誰かに聞いてみよう。