円堂守は驚愕した。自分の掌の上で光る稲妻を象ったオレンジ色のバッジにだ。左右を固める二人も同じ反応をしている。つまりは、そう反応せざるを得なかったのだ。 円堂守はごく普通の男子中学生だ。 雷門中サッカー部のゴールキーパーにしてキャプテンである。毎日放課後に大好きなサッカーをして、憧れのフットボールフロンティアを目指す、今が一番輝いている等身大の中学二年生である。 雷門サッカー部には特徴的な人物が集う。豪炎寺修也と風丸一郎太もその一人だ。 炎のエースストライカー豪炎寺は円堂が最も信頼を置くチームメイトの一人であるし、風丸一郎太は何でも話せる幼なじみにして、サッカー部を廃部の危機から救ったかつての助っ人だ。 この三人は、超次元なサッカーをするという事以外では、ごくごく普通の男子中学生のはずだった。 しかし、たった今その常識が崩されたようだ。 「…な、なあ…何が起こったんだ…?」 「分からない。…分からないが、常識から外れた事が起こったのは確かだ」 「今起こったのは、夢でも幻でもないんだな…?」 円堂の問い掛けに、左右の二人が頷く。どうやら今しがた起こった事態は現実のものらしい。 そもそも、三人は何故こんなにも狼狽しているのか。その理由を探るには、少しだけ時間を遡る必要がある。 * 「いたー!風丸!豪炎寺!ちょっと来てくれ!」 「円堂?」 「おい、あんまり大声出すなよ」 部活に赴くために部室までの道を並んで歩いていた豪炎寺と風丸は、先に来ていた部室からの円堂の声に呼び寄せられた。何やら興奮した様子の円堂に、二人は何があったのかと目配せをする。 「何かあったのか…って」 「円堂、それ…!」 「ああ!じいちゃんが残した秘伝書だ!」 円堂が待つ部室に足を踏み入れた二人は、その両手に納められている物に目が行った。その瞬間に電流が流れたように衝撃が走る。 円堂が持っていたのは、亡き祖父円堂大介が書いた必殺技の秘伝書だったのだ。 「部室で偶然見付けたんだ。まさかこんなに簡単に見つかるなんて思ってなかったけど、これって今まで誰かに見付けられてなかったって事だよな」 「まあ、そうなるな」 「中は見たのか?」 風丸の質問に円堂は首を横に振る。そして自らドアの鍵を閉め、声が外に漏れないように細心の注意をはらって落ち着いた声色で言った。 「もしかしたらだけど、悪戯かもしれないだろ?だから誰かと一緒に見て、確かめて欲しかったんだ」 「本物かどうかを…か」 「確かに三人も居れば悪戯かどうかは見抜けるだろうな…」 豪炎寺は指を口元に持って行き、思案する。もし悪戯だったとして、期待する後輩たちをがっかりさせたくはない、と風丸も考え始めた。悪戯だったとしたら、処分して内密にすればいいのだ。無駄な騒ぎを起こしたくはない。 やがて満場一致でこの秘伝書をめくる事になった。 三人は狭い部室の隅に座り、円堂を挟む形で秘伝書を取り囲む。円堂の秘伝書のページを持つ手が震えた。緊張が張り詰め、空気がピンと張るようだ。 「…開くぞ」 いつもより低い円堂の声に、二人は真剣な表情で頷き返す。二人の反応を確かめた円堂は、ゆっくりとページをめくった。 その瞬間。 「うわっ――!?」 秘伝書を開いた瞬間、その紙面から強烈な光が溢れ、迸った。目を開いていられない明るさに三人は目を瞑り、その光が収まるのを待つ。閉ざされた視界の代わりに、耳が高速でめくられていくページの音を伝える。そして光と音が収まった時、目を塞いだまま握り続けていた己の拳に、何かが握られている事に気付いた。 回らない思考の中、ゆっくりと固く握った拳を開いてみれば、三人の掌には小さな稲妻型のバッジが乗っていたのだ。 そして、話は冒頭に戻る。 * 「豪炎寺と風丸も、同じ物持ってるな」 「ああ…俺は赤だ」 「俺は水色…」 まるで自分を表すかのような配色のそれに、三人は更に深い思考の谷間に落ちていく。すると、ふと投げ出されたままの秘伝書に目が行った円堂は、更に驚愕に身を震わせた。 「なぁ…秘伝書が、真っ白に」 「何だと!?」 「そんな事が…!ああ駄目だ、俺もう頑張れない」 「風丸!正気になるんだ!」 「無理だよ円堂…俺、お前みたいに強くないんだ…」 風丸うううう!!と、どこか遠くを見つめる風丸を円堂が揺さぶる。その時、神妙な顔つきで秘伝書を見つめていた豪炎寺がポツリと口を開いた。 「秘伝書の中身が、これに生まれ変わった…という事は?」 静かな豪炎寺の一言に、二人は勢いよく振り返る。まさか、そんな非現実的な事が。いや自分達も火とか出してるけど、と。 「これを握っていると、何だかそんな感じがしてくるんだ」 「そんな…それってまるで…」 魔法みたいじゃないか。 眉を寄せて呟いた円堂の言葉は、悔しい程今の状況に似合っていた。 |