魔法少女 | ナノ

「…紅茶、確かミルクティーが好きだったな」
「いえ、お構いなく…」

上質な陶器が小さな音を立てる。小気味良い音が広がる部屋は広く、だがその広さがどこか寂しく閑散とした空気さえ感じさせる部屋だった。
部屋の中に一際目立つソファに浅く腰を掛け、佐久間は僅かに眉尻を下げた。淡泊で業務的な指先を左目に映しながら、部屋の中を埋める音を両耳で受け取る。

「昨日の件、やはりもう」
「構わない。時間の問題だっただろうしな」
「…すみません、俺の詰めが甘かったばかりに、こんな結果になってしまって……」
「佐久間」

俯いて制服の皺を作る両の手に視線を落とす。沈んだ声色で謝罪を告げる佐久間に、柔らかな湯気をくゆらせるカップが差し出された。

「気にするな。俺のわがままに付き合わせてしまっているんだ、お前が気に病むことなんてない」
「鬼道さん…、でもあのままだと、」
「大丈夫だ。いざとなったら俺が出る」
「でも!」

佐久間が乗り出すようにして声を荒立てると、カップの中の水面は波紋を描いて影がぐにゃりと歪んだ。勢いで立ち上がってしまった佐久間を、鬼道は落ち着き払ったまま見つめる。

「…それは、駄目です。そういう約束です、俺ができることを奪わないでください…」
「……約束、か」
「鬼道さん、貴方は切り札です。俺の…俺たちの希望です。でも今はその時じゃない、だからどうか俺に守らせて下さい。きっともう下手は打ちませんから…」

佐久間は立ったまま、鬼道のゴーグルの奥の目を見つめる。一瞬不安げに揺れた緋色の瞳はやがて強い光を燈し、その色に鬼道は肩をすくめた。

「…分かった。その熱意に免じてさっきの言葉を撤回しよう」
「す、すみません…俺なんてことを、」
「良い、とりあえず座れ」

せっかく淹れた紅茶が冷める、と鬼道が柔らかな声色で洩らせば、佐久間は薄く微笑んでソファに腰を落とした。少しの間沈黙が続き、やがて鬼道の方から口を開いた。

「その後はどうだ」
「はい。日増しに強くなっていって…まだ柔いところはあるんですが」
「お前の教導の賜物だな」
「とんでもないです。鬼道さんの教えがあってこその今ですから」

ソーサーにカップを置く。幾分か温くなってしまったそれは半分ほどに減っていた。佐久間の目はどこか懐かしむように細められ、いつもの鋭さより柔らかさの方が目立つ。その様子を見て鬼道もまた口許を弧に歪ませた。

「追われる立場というのも中々だろう。俺は今でもいつお前に越されるか冷や冷やしているがな」
「冗談を。俺は追いつかれませんし、それに鬼道さんはいつまでも俺の憧れで、先生ですよ」
「買い被りすぎだ。俺たちは対等な立場だろう」
「はは、そうですよね」



「風丸くん、今最大で何人いける?」
「12…いや13、くらい?」
「練習始めて10日でその人数って、やっぱり風丸くんはすごいね。効率の良い魔力の使い方をするし、それに器用だ」
「…誉めても何も出ないぞ?」

雷門中の地下にある、専用の闘技場。グラウンドが使えなくなったことから、急遽試験段階だった設備に調整を加えて突貫工事をしたらしい。派手な模擬戦はできないが、細かな練習や長時間の練習に向いている。レーゼの一件以降俄然やる気を出した円堂に影響されるように、風丸も吹雪に指導を頼んでいた。

「それにしてもびっくりしたよなー、ジェミニの全員を一瞬で縛り上げるなんてさあ」
「風丸くん、魔力の扱い方うまいからひょっとするとって思って。支援型の風丸くんならあって困らない技術だし」
「複数同時拘束魔法…か」
「練習してみて分かったけど、これめちゃくちゃ疲れるんだな…」
「努力の成果だと思っておこうよ」

風丸は顎を伝う汗を拭い、膝に両手をついて前かがみになる。吹雪が「休憩入れようか」と微笑めば、その場にへたり込んで「賛成」と呟いた。

「風丸くんの『発動速度』と『器用さ』。応用すればもっとできることが増えるはずだよ」
「できることか…」
「みんな張り切ってるからね。僕も頑張らなきゃ」

そんな張り切る吹雪の横顔をぼうと眺めながら、ふと風丸が思い出したように呟いた。

「吹雪、こっち来てからサッカーやったか?」
「え?そういえばやってなかったなあ、忙しかったし」
「……やるか?」
「…いいの?」

振り向いた吹雪の大きな瞳がキラキラと輝きだす。その何気ない会話を敏感に察知した円堂が「そうだよ、吹雪も明日部活寄ってけばいいんだ!」と妙案とばかりに叫んだ。そこからは流れるように明日の事が決まっていったが、提案した風丸本人にもなぜこんなことを口走ったのか分からなかった。
やがて話題の中心にあった吹雪が風丸を振り返り、「ありがとう、風丸くん」と微笑めば、何となくその感情の正体が分かった気がした。

(ただ普通に、吹雪とサッカーしてみたかっただけなのかもしれないな)