魔法少女 | ナノ

「はあ!?レーゼが捕まったァ!?」

薄暗い空間にそびえるようにして設置されている玉座、その赤い光の下でバーンは声を荒げた。その隣でガゼルが鬱陶しそうに耳を塞ぎ、「うるさいよ」と呆れ混じりに彼を睨む。バーンが叫んだ先のグランは表情ひとつ変えずに、そんなやりとりを流して口を開いた。

「彼だけがどうやら『追放』されなかったみたいでね。いや…正確には追放失敗、と言うのかな」
「どこ情報だよ、それ」
「個人的な観測だよ」
「相変わらず暇なんだな、君は」

ガゼルの一言にグランがまあね、と笑う。「ドヤ顔すんなよムカつくな」というバーンの暴言を聞き流しながら、グランは手元のドーナツの箱を開けた。小さなドーナツがいくつも入ったそれは、またも彼が町で買ってきたものである。

「ていうかよ、あんたの話つじつまが合わねえぜ。どうやってあいつの魔力観測したって言うんだよ?言ってることメチャクチャだ」
「それなんだよ、問題は。これは俺の推測なんだけどね」

いる?とグランが大箱から二つのドーナツを取り出し、二人に見せる。投げてよこしたそれを難なくキャッチし、二人はふん、と目を逸らしながらも一口かじった。

「多分、追放される瞬間にレーゼの魔力は尽きていた。魔力の残量を計算しない戦い方をするほど彼は馬鹿じゃないさ、きっと大きな一撃を食らって一気に変身解除にまで陥ったんだろうね」
「それほどの術者があちらにいるとでも言うのかい?」
「さあ?憶測だから分からない。でも考えられるとしたらそれくらいじゃないか?」

言っていることとは裏腹に自信ありげな表情のグランに、ガゼルは不機嫌そうに蜂蜜味のドーナツをかじる。グランはくすりと笑って話を続けた。
「追放の瞬間にレーゼのエイリア石は発動していなかった。レーゼが飛ばされなかったと考える理由はこれ」
「ふうん…あんたにしちゃあ中々良いセン行ってんじゃねえか」
「だが、肝心な「捕まった」事の確証はないぞ」

ガゼルの問いかけに、グランは二つ目のドーナツにプラスチックの楊枝を刺しながら微笑む。
「さっき言った事が本当なら、今頃魔力は回復して交信可能じゃないかと思ってね。本当に追放されてないならきっと俺の声も覚えてるはずだし」
「まさかそれが出来なかったって言うのかよ?」
「そのまさかさ。彼の発動体がいじられてるみたいで、魔力反応はあるのにこちらからアクセスができなかったんだ」
「いじられて、って…そんなこと余程の者でないと――」

言って、ガゼルが奥歯を噛みしめる。屈辱的な表情で髪を引っ掻くと、バーンもグランの言ったことを理解したのか、ガゼルと同じ表情で舌打ちをした。

「こんな事ができるのはあの人くらいだ。してやられたよ、俺たちにとっても父さんにとっても屈辱の極みだ」
「…だが、所詮レーゼははセカンドランクだろ。漏れる情報なんてあって無いようなもんじゃねえか」
「だからだよ。尚更真実を見せることになる。そうなる前に早くどうにかしなきゃだよね?ねえ、デザーム」

そう言ってグランが見下ろした先、三人を照らす光で影になった床に一人膝を折っている。
デザームと呼ばれた人物は面を上げず、短く返事をした。

「ああそれから、余裕あったら円堂くんの実印を」
「あんたはもういい加減にしろよ」

そんな冗談に対するバーンの突っ込みを笑ってかわしながら、グランは心の隅で小さく名前を呼んだ。もう分かり合えない名前を、そっと細く。



瞳子から召集がかかったのは、一之瀬からの連絡網が回ってきてから一時間ほど経った時だった。一日休みがあれば思う存分サッカーができる、なんて考えていた予定が一気に砕かれ、何となく微妙な心境のまま学校へ足を運ぶ。裏口をばれないようにくぐり、いつもの理事長室の扉を開けた時には、もう全員集まっていた。

「ごめん、遅れた…」
「僕たちも今来たところだから大丈夫だよ」
吹雪が笑って円堂をフォローし、まだ監督は来てないけど、と呟く。呼び出したのは彼女であるのに、見渡す部屋にはその姿が見えなかった。同様にして相変わらず鬼道の姿もない。春奈の一件から、どうにも鬼道のことが気になって仕方がなかった。

「鬼道…」
「ごめんなさい、もう集まってくれていたわね」
呟いた鬼道の名前は扉の開く音にかき消された。後ろから瞳子の涼やかな声がして振り返ると、その表情は少しだけ影が差したものだった。

「…ジェミニのレーゼのこと。一応あなたたちにも報告しておくわ」