魔法少女 | ナノ

春奈の口から出たのは、幾何か懐かしささえ感じる名だった。

「鬼道?」
「そういえばあいつ、あれから一度も会ってないないっけ」
「知ってるんですね!?」
円堂がそう答えれば、春奈は身を乗り出すようにして彼と目を合わせる。彼女の迫力に一瞬気圧された円堂は目を丸くして頷いた。
「どうしたんだよ音無、そんな必死になって」
「あ…す、すみません…」
「鬼道くん、そういえば僕も名前は聞いてるけど一度も会ったことないなあ…」
「俺も吹雪と同じく」

口許に手を当てて唸る吹雪に一之瀬が手を挙げる。瞳子の指示のもとで活動している魔法使いなら、顔合わせはしているはずだ。だがこの二人が鬼道と面識がないということは、鬼道がイレギュラーな存在ということになってしまうことに繋がる。春奈が俯いて黙り込むと、会話が途切れたまま静かな空間が生まれてしまった。

「…そういえば、佐久間は鬼道と行動してたよな」
「そうだよ!鬼道は魔法使いだけど、確か鬼道の代わりに戦うのが役目って…」
「魔法使い……」

佐久間なら何か知ってるはずだよな、と風丸の言葉に円堂と豪炎寺が同意するが、当の春奈はその会話は上の空のようだ。神妙な表情で虚空を見つめ、うわごとのようにぽつりと何かを呟いた。その独り言に円堂たちは気づかないままで。

「で、音無。鬼道がどうしたって?知り合いなのか?何か用事があるとか、」
「…いえ、もう大丈夫です!勝手に首を突っ込んですみませんでした」
そう言って笑った春奈の笑顔は、いつもの彼女のそれよりどこかぎこちないものだった。ぺこりと一度お辞儀をして部室を後にしようと立ち上がる。もういいのか、という豪炎寺の声に頷き、扉に手をかけた。そして部屋から出ていく直前、振り返らずに静かに一言、

「今日のこと、私誰にも言いませんから」

そう呟いた背中はどこか脆弱を孕んでいた。



「え、今日学校休み?」
『ああ、多分昨日の一件のせいでね。危険だし、それにグラウンドめちゃくちゃだろ?』
翌日の朝、円堂家の電話を鳴らしたのは一之瀬だった。学級の連絡網のようだ。
「なぁんだ…部活楽しみにしてたんだけどな」
『あはは、それはしょうがないよ。それでなんだけどさ。あ、これは連絡網とは関係ないんだけど』

いきなりの休校の知らせにがっくりと肩を落とした円堂に、一之瀬は電話口で笑いかけた。話を切り替えようとする一之瀬の声色が少しばかり低くなったのを、円堂は確かに感じ取る。

『昨日のジェミニにレーゼ…あれ、どう思う』
一之瀬の口から出た言葉は、昨日から円堂も疑問に思っていたことだった。はっとして子機を持って廊下から部屋に戻り、扉を閉める。そこに寄り掛かるようにして、円堂もまた自分の胸の中に沈んでいる疑念を口に出していた。

「…俺には何が何だか分からない。でもレーゼ…倒れた時確かに人間、だったよな」
『うん、それは俺も同感。それに、俺にはあれで終わりのようには思えないんだ』
「まあ確かにこう、何か引っかかるけどさ」

話しながら、昨日の光景を脳裏に映し出す。吹雪と豪炎寺の攻撃を受けて吹き飛んだレーゼは、強化服が解除されて意識を失った。
いつか瞳子が言っていた。『エイリアもまた別の種類の魔法の使い手だ』と。その言葉を信じるなら、彼らもまた自分たちと同じように人間が強化服をまとい、戦っていたのではないか――うっすらとそんな事を思い描くも、それではわざわざ宇宙人を名乗った理由も、あそこまで派手な破壊活動をした理由も分からない。それにどうしてレーゼのみがあの場に残ったのかも疑問だ。

『何だかすごく嫌な予感がするんだ。思い過ごしであって欲しいんだけど…』

電話線の向こう側で、一之瀬が深く重い溜息をついたのが分かった。



携帯のバイブレータの振動で目を覚ました。あの後中々寝つけずにいたら、どうやら机に突っ伏したまま眠ってしまったららしい。
時計を見れば、日付が変わってしばらくしたところだった。春奈は振動音に目を開け、はっとしてディスプレイを開いた。メールの送信者は、吉良瞳子と表示されている。

「あ…そうだ、検診忘れてた…」

悪いことしたな、と心の中で思いながら本文を見る。そこには危惧していた予定の突然の中止が記されていた。
「来週、か…」
小さく息を吐いて携帯をたたむ。それでも頭に残るのは数時間前の光景だった。その中に古いいくつかの記憶がぽつぽつと浮かび、消えていく。

「…お兄ちゃん、何してるんだろ…」
うわごとのように呟いた名前は霞んで途切れ、瞼を閉じれば何も見えなくなった。