魔法少女 | ナノ

ジェミニストームとの決着後、息もつかせぬ展開に本人たちも戸惑っていたことは自覚済みだった。
レーゼの正体。彼以外のジェミニのメンバーが消えてしまったこと。そしてサッカー部マネージャーである音無春奈に、一部始終を見られてしまったという事実。
本来なら宇宙人を倒した事を喜ぶ場面なのだろうが、その喜びを味わう間もなく一大事が起こってしまったのだ。
円堂、風丸、豪炎寺は特に春奈に見られたことに驚愕と動揺を隠せないでいた。自分たちのやっていることは一般的に言って決して悪ではないはずなのだが、事情が事情だ。

宇宙人と誰かが戦っているとは世間にも周知の事実だが、それがまさか一般人、ひいては中学生ほどの子供であるなんて事は、おそらくほとんどの人が知らないだろう。危険が迫れば、それを瞳子たちの属するエイリア対策組織の手によって知らせられ、避難を要する状況になるからだ。いつどこで起こるかも分からない速攻の戦いの場面に、当然報道のカメラが居合わせることなどできる訳もない。
それをよりにもよって知人に知られるなんて。

「おっ…音無…」
「…何で今ここにいるんだ?」
声が上ずってしまうのを必死に隠そうとするが、どうにも上手くいかない。冷や汗が背中を伝う感覚がやがて全身を支配していく、そんな何とも言えず嫌な感覚を覚える。

「…部室に忘れ物をして…帰ろうと思ったら、いきなり先輩たちの声が聞こえて…出て行けない雰囲気だったから部室に隠れてたんですけど」
「そこで戦闘が始まってしまって出ていけなくなった、と…」
「マジかよ…じゃあ全部聞かれてたのか…」

春奈の視線が斜め下の地面を見つめる。レーゼの攻撃の痕が地面に深く残っていた。
円堂たちは返す言葉が見つからないといった様子で押し黙る。その重い沈黙を破ったのは円堂でも風丸でも豪炎寺でもなく、春奈の方だった。彼女の大きな瞳は、何かを決意したように真っ直ぐに円堂たちを射抜く。

「先輩」
「あ、あぁ」
「先輩たちが魔法使いなら…聞きたいことがあるんです」



「やっぱり…彼はただの人間じゃないですか」
地下深くの対策室、の付属の病室。かつてジェミニに倒された円堂たちも治療を受けた場所だ。
今はただ一人、レーゼだった人物がそこに寝かされている。点滴の管と包帯姿からは、彼があんな破壊を行ったとは到底考えられない。まさに「ただの人間」だ。

「どういう事なんですか。彼らはエイリアという星から来た宇宙人と名乗っていたじゃないですか」
「……」
「…その様子なら…まだ、終わっていないんですね?」
ベッドの傍らで、瞳子と夏未が眠る彼を見つめる。夏未の静かな声は、規則的な電子音の中に混じりながら淀んだ空気をかき混ぜる。彼女の問いに瞳子は無言を返すだけだ。無意味ともとれる時間はただただ流れていく。

「エイリア学園の裏には…こんな一般人の子供を巻き込まなければならないような事情でもあるというのですか」
「……」
「エイリア対策に携わる貴女ならば、何か知っていると思ったのですが」
「それは…」
「…教えてください。私たちも微力ではありますが、何か力になれることがあるかもしれませんよ」

夏未の質問攻めに僅かに双眸を伏せた瞳子は、何かを言おうとして口ごもった。その様子に夏未はひとつ息をし、やがて年不相応な大人びた微笑みを返す。何とかしたいのは私も同じですから、と。

「…今の時点では、分からない事もすごく多いの。だから曖昧な返事をして事態を混乱させる訳にはいかない」
「……」
瞳子はそう言って夏未と視線を合わせる。深い色の眼差しは、決意の中に僅かに憂いの色を帯びて揺らいだ。

「まだなの…まだ、その時じゃないわ…」



佐久間が帝国に帰った後。誰もいなくなった部室に内側から鍵をかけて、残った5人と春奈が円を作って座っていた。

「本当は佐久間さんにも聞きたかったんですけど、何だか話しかけづらくて」
「まあ、あいつちょっとおっかない部分あるしなあ…」
「あ、いえ!決してそうじゃないんです!ただ何というか…ですね」

春奈が佐久間に視線を合わせるなり、ばつが悪そうに彼が目を逸らす、あの微妙な雰囲気の居心地悪さといったら。
本人たちはもちろん、その場の全員が感じていた。やがて佐久間の方からすまない、と席を外したのだ。彼にしては珍しい、眉尻を下げた笑みで。

「佐久間と何かあったのか?」
「いいえ、初対面のはずなんですけど…嫌われちゃいましたかね、私」
苦笑いで答える春奈は、先程の校庭での出来事を思い出しているようだった。そんな彼女に気にするなよ、と言葉をかける円堂に、少しばかり笑顔を取り戻す。

「…で、ですね。本題なんですけど」
「そうだよ!それなんだけどさ。音無、魔法使いとかについて微妙に知ってる風だったけど…」
「えっと、それはまた追々ってことで…あのですね、」
円堂に話の腰を折られ、妙に緊張感がなくなる室内。風丸と豪炎寺がやれやれと小さな溜息を漏らし、一之瀬は苦笑いを浮かべる。吹雪は相変わらずニコニコとしていたが。円堂だけが場の空気に動揺する中、春奈が静かに続けた。

「鬼道有人って人、知ってます?」