魔法少女 | ナノ

家庭科室は人の声とほのかに漂ってくる香りに溢れ、昼前の空腹を加速させる。風丸のクラスは4限が家庭科で、それぞれ炒飯を作るという内容だ。外のグラウンドが見えるここからは、円堂のクラスがドッジボールをしている声がよく聞こえた。

「風丸ー、次どうすんの?」
「ピーマンとパプリカ先に炒めといて。その間に洗い物」
「風丸、フライパンってこれで良いんだっけ?」
「オッケー大丈夫。あ、油これな」
風丸を中心とした男子グループは、風丸の的確な指示の下で順調に進んでいく。エプロンに三角巾というお約束な格好が妙に様になっているのが、本人含め甚だ疑問だ。

洗い物をしながらふと外を見ると、丁度円堂の投げたボールを豪炎寺が蹴り返してアウトになっているシーンだった。職業病というやつだろうか。やけに強いボールを打ち返された円堂がそれをパンチングで弾き、またもアウトになった。それを見て風丸は一人溜め息をつく。

(アホだ…)

泡立ったまな板をすすぎ、調理台の方に目をやった。油の立てる小気味良い音と共に、フライパンの中では赤や黄色のパプリカが踊る。こんな日常と非日常が交差する日々の中にいるなんて、この平和な雰囲気では信じられない。
「風丸、ぼーっとしてるけど大丈夫か?」
「…あ、悪い、大丈夫だ」
流しっぱなしの水と動かない風丸を不思議がって、同じグループの半田が風丸を覗き込むようにして様子を伺う。半田の声に一気に意識を引き戻された風丸は、既に十分すぎる程すすがれたまな板を慌てて蛇口から引き離した。

この間一之瀬が豪炎寺に言った言葉。レーゼたちとの直接戦闘と敗北。自分たちの未熟さ。それらを胸中で噛み締め、一本に繋げようとする。一之瀬はあれから豪炎寺に何か言ったのだろうか。目に見える変化はないし、新しい技を習得した気配もない。
まな板を拭きながら、今一度外を眺める。
外野に出た豪炎寺が、対面した仲間の外野選手とパスを回している。よくある戦法だ。緩やかな連続パスで内野陣を乱し、崩れたところを一気に叩く。ただ、決め手になる球を投げる瞬間は内野の選手が逃げの体制を取る直前でないといけない。つまり、パスを受けたその直後に一瞬で投球姿勢を作らなければいけないのだ。これは中々難しい。少しでも体制が崩れればチャンスは消えてしまうのだから。

「あれどうして豪炎寺が外なんだ?」
「投げられた球を癖で蹴り返した」
「は、はぁ…意外だな…」
苦笑い気味の半田と共に試合を静かに観戦していると、遂に豪炎寺が攻撃に転じた。パスを受けると、ざわついたその瞬間一気に高速の球が内野陣に向かって放たれる。それが全て一瞬で、風丸は目で捉えられなくなって瞬きをした。それは隣の半田も同じようで、決まった瞬間横で歓声が響く。

「おおー!やったじゃん豪炎寺!」
静かな笑みと共に堂々と自陣に戻って行く豪炎寺を見ながら、風丸は手にした真っ白なまな板を片付ける。目を逸らす瞬間、心の隅でぽつりと思った。

(すごい瞬発力だな…)



「瞳子監督はあれから忙しそうだよなあ、前に増して」
「まあいきなりボス級の敵が出てきたら対策も練らないとだしね」
「人員が足りない…という事もあるのか?」
「それもあるかな。精鋭揃いとは聞いてたけど、間に合わなかったら意味ないし」

部活終わりのいつもの時間、一通りの魔法訓練の後に校門に集まる。ここ数日瞳子が円堂たちの前に姿を見せないのは、どうやら先日のジェミニストームの一件があるかららしい。あの後円堂たちは瞳子から謝罪を受けたが、戦闘前の携帯の向こうの瞳子の焦った声は相当切羽詰まらないと出ないものだ。彼女自身もかなり追い詰められた状況にいるのだろう。

「新しい戦闘員を呼んだって話も風の噂で聞いたよ。会った事はないけど」
「また襲われないと良いんだけどな…」
「あはは、まあ余程変な勘違いされるか相手が血の気の多い奴じゃない限り、それは無いと思うよ」
「だと良いんだけどさ」
一之瀬の言葉に円堂が苦笑する。いざとなったら円堂が防御に回るんだよ、と笑顔で冗談を言い合う横で、風丸もつられて苦笑した。

その時点で僅かな違和感はあったのだ。
吹き抜ける風が、いつもより不自然に肌寒い事に。