アクアリウム | ナノ

俺とあいつが出会ったのは、この施設に来た時、丁度3ヶ月前のことだった。

当時はまだ普通の、当たり前にあるようなサッカーをしていた俺たちが変わった名前で呼ばれることなどなく、初めて自己紹介された時思ったことは「女みたいな名前だな」だった。
正直、今も昔もあいつとはあまり仲が良いという訳ではない。だが、それでもあいつは俺の名前を聞いて柔らかく両の瞳を細め、微笑んで言ったのだ。
「良い名前だね」と。


照美はあまり上下の立場というものを重視しない奴らしい。敬語も使わなければ名前も呼び捨てにする。年上でポジションも同じである俺は、最初は照美のそういう所が嫌いで、多少なりとも反発した時もあった。

だが次第に分かっていった。あいつは何かカリスマ的なものを生まれながらに持っていて、その人を引き付ける要素そのものが、彼の才能なのだと。今までサッカーなんて真剣にしたことの無かった俺たちの中で一番のテクニックを持っていて、何よりその人間離れした美しい外見とは裏腹に、中身はとても人間くさい、普通の中学生だったのだ。

きっと、照美は同年代の友達が欲しかっただけなんだろう。その証拠に、あいつはチームメイトたちと一緒に何かをするのを誰よりも嬉しがった。俺たちが怪我をしようものなら一番に心配したのも照美だ。思うように動けずに叱られる俺たちを庇い、散々罵倒文句を浴びせられた後に、決まって涙目なりながら言うのだ。強くなれなくて、引っ張っていけなくてごめん、と。

照美にとって俺たちはチームメイトであり、初めての友達で、家族のような大切な存在であると言った。照美がチームメイト全員に信頼を寄せ、そして俺たちも照美を信頼していった。みんなとなら、きっとどのチームよりも強くなれると笑って信じていたのだ。

そう、あの薬ができるまでは。


グラス一杯の液体が俺たちの全ての道を塞いだ。俺達が進める道はただひとつ、『総帥の命令に従うこと』だけだ。
初めてあの薬を飲んでから一週間、ほぼ毎日を薬漬けで過ごし、やがて誰も笑わなくなった。切り捨てるような実験の中、残っているのは俺と光と豊、実弓と炎、そして照美だけになった。

光は照美と仲が良かったこともあって、自分の分までと薬の効能に堪える照美を見ているのが辛かったのだろう。決して本人の前では涙を見せなかったが、あるとき照美が軽い貧血を起こして医務室に運ばれた時、一度だけ声を上げて泣いた。「俺の身体が弱いから照美が死んじゃうんだ」と、まるで幼い子供のように。
それでも頑張るのは、叶えたい望みが確かに息づいていたからだ。みんながそれぞれ抱える重みを掬い上げる、そんな魔法のような手を皆がこの実験の先に望んでいたのだ。

だが、もうほとんど誰もが気付いているだろう。俺たちは上手いように利用されているだけで、本当は望みが叶う訳でもない。代償と捉えるにはこの状況は重過ぎて、一縷の希望の光さえも見えない。

だけど止まる訳には行かないのだ。
俺は俺たちの分まで実験に堪えようとしているあいつのために、身体が持つ限り苦痛を分け合って肩を貸してやりたい。
大きな望みとは言えないかもしれない。だが死にそうな表情で笑う、人間臭く泣き虫な俺達のキャプテンのために、先輩として友達として、あいつが亡くした家族に代わる新しい家族の一員として、最後まで弱々しい姿を見せる訳にはいかないのだ。
それが、照美に対する信頼の示し方だと信じているから。