アクアリウム | ナノ

「神のアクア、ですか」

全員が集められた部屋は酷く閑散としていたが、そこに雫を落とすように呟いた声が響いた。相変わらず室内はどこを見ても薄暗く、両手が届く範囲のものしか見えない。そこから見える階段の頂上だけが煌々とした光を抱き、漆黒のその人物を切り取ったように照らし出していた。
「そうだ。それをお前たちに与えてやろう。そうすればお前たちは更なる強さを手にする事ができる」

文字通り、神にさえ。
沈黙に空気が沈む。抗う事なんて出来るわけもない。
答えはもう出ていた。

「身に余る幸せです、総帥」



「『血液採取などから身体に合った薬を作り、数回の試験施行を経てその精度を高めていく』…つまり、俺達はただのモルモットという事か」
丈の短い白衣、まるで病服のような白い服を纏った11人は狭い部屋に集められて扉が開くのを待っていた。
平良が重々しく口にした言葉に続けて、「今時これだけの科学力、なんでこんな事に使うんだろうな」と炎が沈み気味に呟く。
「俺たち、これで本当に望みが叶うの?」
「大丈夫だよ。きっと…総帥は僕らを裏切ったりするような方じゃない」
「…こんな実験みたいなことされてても?」
「それが、僕たちの望みの代償だから」

光がすぐ隣に立つ照美を見上げながら不安そうに問うと、照美もまた全てを肯定し切れないといった表情でなだめるように言う。それは自分にも言い聞かせているように静かに重く響いた。

『世宇子』として集められた11人は、もう暫く前からこの箱のような建物の中で暮らしている。それはつまり、彼らの家族と連絡を絶っているという事だ。
家族が何も言わないのは彼らにとって都合の良い事でもあり、同時に胸の奥に詰まった鉛弾のような、取り除く事のできない最大の悩みでもあった。

ここに集まるメンバー全てにはそんな影がついてきて、選んだ道が世宇子に「転校」することだった。影山にスカウトされて入った世宇子は学校としての実体がなく、あるのは底知れぬ深い底無し沼のような闇だけだ。そしてその正体もまた、歪み捻れた目的の上に成り立っている。

「総帥の計画が成功したら、僕たちはそれに携わったんだって、きっと報われるよ」
「本当に?」
「うん。神様は頑張る人をちゃんと見ていてくれるから」
部屋の扉が開く音がした。
ただ無言でメンバーはそこをくぐり、隣のガラス張りの部屋に向かう。裸足が床を踏むペタペタという音だけがこの場を埋める音で、全員が部屋から出た後、ゆっくりと扉は閉まった。
後には冷たい静寂だけが残り、この部屋から彼らを見る者はもう誰もいなくなっていた。