アクアリウム | ナノ

「ちょっと!誰だい、勝手に僕宛ての手紙見たの!」

エイリア学園騒動から三か月弱経っていた。騒動のその後が比較的安定して収束したのも束の間、もうすぐ少年サッカーの世界大会が始まるというのだから、全国のサッカー少年たちは落ち着いてなどいられない。

照美もその噂は耳にしていた。ただその代表に選ばれるべきは自分ではない、円堂たちであるべきだと心のどこかで思っていた節がある。しかし本人でさえ予想だにしなかったオファーが飛び込んできたのだ。もちろん彼も驚いたのだが、そのオファーの内容が彼の知らないところで瞬く間に広まってしまったものだから、更に驚きは肥大化する。
そして、今この状況だ。

「聞かなくても大体分かるでしょ?」
「…まあ大体の予想はついてたけどね…」

炎のからかうような声に、呆れ混じりで照美が答える。そして明天名の影に隠れるようにして逃げる低い襟首を、猫にするように掴んだ。

「光、何で勝手に開いたんだい」
「だってさ!普通机の上に放っておかれたら気になるだろ!」
「だからと言ってそれをなんで皆にバラしちゃうのさ…」
「…だって、すごいことじゃん。世界大会の招待状なんて…」

拗ねるように呟かれた言葉に、照美は溜息をついて手を離す。やれやれ、といった仕草で肩をすくめれば、周りも光に乗っかる形で口を開いた。

「それにしても、お前韓国籍だったのか。初耳だぞ」
「…まあ両親は日本人だけど…一応二重国籍ってことになってるし、それにこう、あんまり触れちゃいけない話題みたいだったし…」
「っていうことは日本のチームとして応援できないってこと?日本と韓国どっちを応援すればいいの?」
「いや、気持ちだけで十分だから皆は日本を応援してあげてよ」

本人としてはあまり触れてほしくない領分だったらしく、矢継ぎ早に飛ばされる質問に苦笑いを返すばかりだ。
本音を言えばもう一度円堂と戦ってみたいという気持ちもあるのだが、彼のそのプレイヤーとしての気持ちを引き留めるのは世宇子の面々のことだった。

「けどさ、俺たち照美も応援するからな!何てったって世宇子代表でもあるんだし」
「でも、その代わりに君たちを置いていくことになるんだよ?僕はみんなとサッカーしたかったのに、またすぐ別れなきゃならないなんて」
「そんなこと気にするなよ」

視線を落として呟いた照美に、平良の言葉が降る。先輩としての、チームメイトとしての優しい音をもって。

「大舞台に出るチャンスなんだろう。俺たちはお前のプレーする姿を通して、一緒にサッカーをしていられる。だから胸を張って行ってこい」

その言葉に照美が視線をばっと上げる。そこには夢なんかじゃない、みんなの笑顔が広がっていた。



「本当に着いてきて良かったのかい?」
「平気ですよ。見送りくらいさせてください」
「そうだよ、向こう着いてから練習三昧で連絡取る暇もなくなりそうだし!」

空港で飛行機を待つ間、学校をサボってまで見送りにきたチームメイトたちをたしなめるようにそう言えば、聞かないと言わんばかりに嬉しい言葉が返ってきた。その言葉たちに笑顔を零せば、同じようにして満面の笑みが返ってくる。まるで当たり前だと言うように。

「あ、そうだ照美。これ渡そうと思って」

光が鞄から取り出したそれを照美に差し出す。思いがけない餞別に思わず照美の唇からは感嘆の声が漏れた。

「これは…ミサンガ?」
「そう。照美、リストバンド外すようになってもやっぱり痕が目立つの気にしてただろ?だから今度は手を見ても悲しくならないように、ってさ」
「あ、……ありがとう…!」

まるで希望のような色をしたミサンガだ。それを大事に受け取って左手首につければ、それだけで気持ちを強く持てるような気がする。

搭乗する便のアナウンスが響いた。中々進まない一歩をいくつもの掌が優しく背中を押す。よろけそうになりながらも背を向けて少し立ち止まった。気後れしてしまいそうになる気持ちを、手首に触れて拭い去る。

「頑張ってこいよ。ずっと待ってるからな」

背中に吹き抜けた暖かな風が、新しい一歩を踏み出す足を支える。今度はお前の番だと言うように。立ち止まった足は少しだけその場に竦んだ後、半歩後ろを向き直った。

「うん、……行ってきます、みんな!」

振り返って答えを叫んだ。今までで一番の笑顔をのせて。


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