アクアリウム | ナノ

迎えたカオスとの試合は、前半から激しいものになった。
以前よりぐんと強力になった相手のプレーに翻弄されながら、10点の点差を許してしまった。攻めきれずに逆に点差は開くばかりで、更にはヘブンズタイムまで破られた。僕が築き上げてきたサッカーをこんなにも簡単につき崩す技術に、心のどこかでは感心しながらも、やはり胸中の大部分を占めるのは悔しさと不甲斐なさだ。

昨晩たてた誓いを忘れたわけじゃない。だから尚一層虚しかった。まだここで終われないという焦りを気づかれないように、無理をして余裕のある表情を作ってしまっている。二重、三重と自分を嫌いになりながらも、みんなと同じで諦めきれない心が脚を動かす。
希望を信じて進みたい。後ろめたさや怖さなんかじゃなく、笑ってサッカーしてみたい。

前半も終わる頃、奇跡は起きた。立向居くんがずっと失敗していた技を、遂に完成させたのだ。
あの目を焼くような強烈な光は、全員の瞳に鮮やかに焼き付いた。シュートを止めた目の強さは、前半で萎えかけてしまっていたチームの士気をみるみるうちに上げていく。
きっとこれが雷門というチームなんだろう。溢れる歓喜の声に胸の奥がざわりと疼いた。心音が早足で僕に伝える。希望を持て、と。

ハーフタイムに入り、鬼道くんから作戦の提案があった。相手のチームの中で和を乱すMFの一人を中心に攻めていくというものだ。
前半の終わりに灯った確かな希望を胸に、ピッチに歩き出した。円堂くんの突き抜けるような明るい声が、場を埋める全員の声が、僕の中に新しい光を作っていく。
何度倒れても諦めない心。仲間を信頼する気持ち。自分を信じて戦う力。義務感や責任感から、どこか無理をして自分の気持ちを立ててきた僕の背中を押してくれる。優しく、それでも力強く。

後半が始まった。
鬼道くんの作戦は見事的中し、塔子さんがカットしたパスが僕に繋がれる。みんなの期待が一気に僕の背に集められた。
大丈夫。重くはないと思える。重荷なんかじゃなくて信頼なんだと思える。
持てる力の全てを右足に込めてボールを蹴り出した。

「ゴッドノウズ!」



怒涛の反撃を見せていた雷門の進撃が止まったのは、7点を返した後だった。相手チームの2トップ二人は、いち早くチーム内の違和感に気付いたらしい。
彼らも彼らで譲れないものがあるのだと思う。試合中幾度も見せたどこか必死な表情は、昔の世宇子のみんなを思い出させる。彼らにも負けたくない意地がある。僕だって同じだ。

2トップの二人がボールを保持して駆け上がってくる。二人が風のように僕を抜いて雷門陣内に深く切り込んでいき、まずいと思った時にはもう遅かった。彼らのチームメイトに向けた叫びは天高く抜け、広がり、地上の僕らに降ってくる。その瞬間、炎と氷の二重螺旋がすさまじい勢いでもって立向居くんを吹き飛ばした。

7-11。またも引き離されてしまったスコアを見てみんな渋面を浮かべる。
相手チームのメンバーは、リーダー二人の協力を見て火がついたようだった。僕へのパスをカットし、そのまま上がっていく。そして再び2トップの二人にパスが出されたその時、綱海が空中でそのパスをカットした。
彼がカットしたボールはそのまま豪炎寺に渡り、ドリブルで持ち込んでいく。その時だった。豪炎寺が、敵のダブルディフェンスに吹っ飛ばされたのだ。

何度も突き進もうとドリブルで駆ける豪炎寺の足を、二人の巨体が通さない。勝負あったな、という冷たい声さえも聞こえてきた。
だが、どんなに完璧なディフェンスであろうと、どこかに打開策があるはずだ。何度も吹き飛ばされる豪炎寺を見て、うっすらとだがその穴を見つけた気がする。
背中を押した希望の光は、迷いの残る僕に決意させた。ここで僕が頑張らなかったら勝つことはできない。そうしたら約束を破ることになる。みんなが帰ってくる希望も潰えてしまう。
そんなのは、絶対に駄目だ。

「…僕に任せて」

自分を奮い立たせるためでもある言葉だった。その一言に全員が驚愕の表情を浮かべる。

「あのディフェンスは、僕が破る」
「破るって…そんな簡単に破れる必殺技じゃないぞ…!」
「大丈夫さ。だから、僕にボールを集めて」

僕を取り囲む円の一人一人を見つめ、しっかりと言葉を噛みしめる。最後に目が合った鬼道くんは少し考える時間を空け、やがて僕の提案に頷いてくれた。
その時、細いながらもしっかりとした視線にベンチを振り返れば、驚いた表情の吹雪くんが僕を見ていた。見ていてと言った手前、今さらその視線を不思議に思うことはない。どうしてそこまでやれるの、と聞かれた気がした。答えはもう一つだろう。

「アフロディ!」

鬼道くんからのパスが渡った。突破法を頭に思い描いて切り込んでいく。二人が僕の行く手を阻むように立ち塞がり、少しだけ気圧されてしまいそうな気持ちを拭い払うように走った。一つ目の技を突破すると少しの間が生まれる。そこを突く作戦はしかし、打ちつけられた身体が失敗だとせせら笑うように現実をつきつけた。

「アフロディ!」
「大丈夫だよ!さあ、どんどん僕にボールを集めて!」

身を案ずる声もそのままに、一度で諦められない僕は何度も吹っ飛ばされては傷を作っていく。
だってそうだ、あの決勝戦で受け取ったじゃないか。この試合で再確認したじゃないか。だからこんな所で負けるわけにはいかないのだ。
自分に言い聞かせる。それがどんなに滑稽でも受け売りでも、こんなにもはっきりと思える。「負けたくない」と。

(諦めたらそこで終わりだ。無理だと思ったら無理になってしまうんだ。大丈夫、僕ならできるよ。諦めなければ、必ずチャンスは来るんだから――!)

全身を乗り出したその先に、あの必殺技は来なかった。代わりに浴びせられたのは目も開けていられないような強烈な光。黒いサッカーボールから発せられた光が、スタジアム全体を包んでいく。一瞬後に生まれた衝撃派に、まるで紙か何かになったように吹き飛ばされた。

そこからはよく覚えていない。
ただ暗く埋没していく意識の中に聞こえたのは、僕の名前を何度も呼ぶ声。あの時諦めるなと言った円堂くんの声だった。
負けてしまったのだろうか。少なくとも勝ったとも思えない。だったら確かに感じたあの希望は一体何だったのだろう。幻だったとでもいうのだろうか。そう思うごとに生まれた光が強さを失っていくような気がした。

(僕のやってきたこと、全部無駄だったのかな)

次第に意識が途切れていく。全身を鈍い痛みが支配し、もう何も考えていられなかった。意識が無くなる直前に心の中で呟いた言葉が、僕の心を情けなさと悔しさで満たしていき、沈んでいった。

(約束、守れなくてごめんね)


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