アクアリウム | ナノ

「円堂くんは、何のためにエイリア学園と戦っているんだい」

長い昔話が終わり、二人の間を夜の空気が満たす。その闇に溶け込んで消えてしまいそうな細い声で、アフロディは円堂に問いかけた。

「…多分、さ。理由はいっぱいあると思うんだ。サッカーを悪事に使われたくないとか、危険からみんなを守りたいとかさ。でも一番の理由って、きっと最初から決まってたんだよな」
「……」
「あいつらに、試合を通してサッカーの楽しさを分かってもらいたいんだ、俺」
円堂は少し考えるように間を置き、彼にしては珍しい控え目な笑顔で答えた。円堂はアフロディから目を逸らし、澄んだ夜空を見つめる。その瞳は、空よりずっと遠くを見つめているかのようだった。

「…似てる、ね」
「え?」
「エイリア学園と戦う理由…僕も理由はたくさんあるけど、世宇子のみんなにサッカーの楽しさを思い出してもらいたいから。だからこうして戦ってる」
アフロディが呟けば、円堂は見上げていた星空からアフロディへと視線を戻した。

「ただでさえ注目されてる時にテレビ中継で、しかもあんな飛び入り参加したら…さすがに試合を見てもらえるかなと思ったのだけど」
「…アフロディ」
「やっぱり駄目だったね。簡単にサッカーに向き合う事なんて、そんなの難しいのは一番分かってるのに」

それだけ後ろめたさがあるんだよね、とアフロディが苦笑すれば、円堂もまた複雑そうな表情でアフロディの横顔を見つめる。

この前の試合までに、彼が一体どれ程の期待と絶望を繰り返したのか。考えれば気が遠くなるほどだった。世宇子が敗れたその日から、アフロディは一日も欠かさず世宇子スタジアムに赴き、仲間の帰りを待っているのだ。今日こそはと僅かな期待を抱いて向かったフィールドには、無人の空気が敷かれているだけだというのに。
毎日毎日、希望と絶望を繰り返す。最後の希望だったエイリア学園との試合後、期待が大きかった分、それがくじかれた絶望は比例しただろう。いくら鈍感と言われる円堂ですら、想像するのはたやすかった。

「夜いなかったのは、もしかして毎晩スタジアムに行ってたからか?」
「…結局、何も変わらなかったけどね」
「…じゃあ、じゃあ何で、ボール借りに来たんだよ」

円堂の表情が歪む。アフロディが表現できない感情のすべてを、円堂が肩代わりしてくれているようだった。今までより少し荒げられた声に目を丸くしたアフロディをそのままに、円堂は問いかける。それはまるで、抑え切れない感情を吐露しているようにも見えた。

「お前、本当はまだ諦めたくないんだろ?だからボールを持って行って、カオスとの試合が終わったら世宇子の仲間とサッカーするつもりだったんだろ?何回期待を裏切られたって、仲間を信じてるから頑張れるんだろ?」
「円堂く…」
「アフロディはエイリア学園と戦いながら、ずっと自分と戦ってきた。一人で頑張ってきた分さ、もう誰かに頼っても良いんだぜ」
「……」
「もう、俺たちも仲間なんだからさ。一緒に戦うから、諦めたりしないでくれよ。お前が諦めたら、もう誰もあいつらを助けてやれないんだろ?」

一気に吐き出された言葉を、アフロディは瞬きができないまま受け止めた。円堂の言葉を処理しきるのに戸惑っていると、今度は立ち上がって満面の笑顔で手を伸ばす。

「一緒に頑張ろうぜ、アフロディ」

円堂の声が、そこに沈んでいた空気を掻き混ぜるように響く。円堂がみんなに支持される理由が、何となく理解できる気がした。
彼は、光の人なのだ。暗い夜空に輝く星のように、あるいは白昼を照らす太陽のように、いつも誰よりも強く輝いて照らしてくれる。自分だけでは踏み出せない一歩を、手を引いて越えさせてくれる、優しい強さがあるのだ。

「…不思議だね。君の前では嘘がつけない」
僅かに口元を吊り上げたアフロディは、小さく呟いて空気を震わせた。円堂の言葉を深く噛み締めるように深呼吸する。

「…僕も、君に影響されたかな」
「何がだ?」
「何度でも立ち上がる…諦めない気持ちとか、ね」

アフロディは、ゆっくりと円堂に手を伸ばした。たどたどしくも意思を持った指先が触れると、円堂はその手を引っ張って握らせる。

「もう一度頑張ってみるよ。僕だって、諦めるためにここに来た訳じゃないんだ」
「ああ!二日後の試合、絶対勝とうぜ」

アフロディは再度決意する。瞳には光が映し出された。握った掌は、光を抱くように暖かかった。


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