アクアリウム | ナノ

フットボールフロンティア全国大会、その決勝戦。そこで雷門と世宇子はぶつかることとなった。
各々の耐えうる最高レベルの薬を摂取して臨んだ舞台は、世宇子の逆転負けという結果に収束した。一人一人が積み重ねた努力と絆は、皮肉にも種類の異なった同じ武器によって打ち砕かれたのだ。

神の力。アクアによる絶大な力の行使はしかし、彼らを勝利させるには足りなかった。自ら縋り付いた『神の名』はあまりにも脆く、信じてきたものを否定されて壊された痛みと失望は、世宇子スタジアムの控え室に集まった全員の表情にありありと映し出されていた。

円堂は身をもって証明した。「神の力が無くても、努力すれば強くなれる」ということを。
それを世宇子メンバーは自己の否定として受け止めていた。だが、そんな中アフロディだけが僅かに口角をつり上げたのだ。

「努力で何とでもなる…か」
「アフロディ、お前も自分を否定するのか?俺たちのあの日々を、無かったことにしようとするのか?」
「違うよ、…違う。ただ、彼の言葉を真正面から受け止めるには、僕らは特殊な環境に身を置き過ぎたんだ」
俯いていた顔を上げてデメテルが呟く。その批難の声を目を閉じて首を左右に振り、アフロディは否定してみせた。

「いつからか気付いていなかったかい?自分にしかない『特別』を求めた僕たちが、いつの間にかサッカー自体を特別なものとして見ていたことに」
「……」
「僕たちには総帥はいなくなった。神のアクアももう無い。全部真っ白で空っぽで…でもひとつだけ残ってるじゃないか」

床ばかり見ていた10人の瞳が、ゆっくりとアフロディを見上げる。アフロディの目も複雑な感情がないまぜになった色を携え、だがはっきりとした『力』を持っていた。

「また皆と、サッカーやりたい」

揺れる水面のような二つの紅は、ぐるりと全員を見渡す。どこか懇願するようなそれは、どの視線とも噛み合うことはなかった。
「…俺たちには自由に与えられたグラウンドも、ボールも、帰る場所すらないんだ。自分を…努力で努力を否定されたのに、負い目を感じながらサッカーを続けるなんて、できる訳がないだろう」
一人、また一人とふらつきながら立ち上がり、気力を失った瞳はどこか虚空を見つめる。そこにはもう、以前の彼らの面影など微塵も感じられなかった。次々に部屋から出ていくメンバーの後ろ姿を止めることができず、アフロディはその背中に向かって自然と声を上げていた。

「いつになっても良い!また一緒にサッカーしたいと思ってくれたなら、もう一度ここに集まって欲しいんだ!僕はずっと待ってる…毎日来るから!だから、約束しよう」
最後の言葉が途切れた時、扉が音を立てて閉まった。去っていく仲間の後ろ姿を扉の向こうへ見送ったアフロディは、その瞬間息を止める。突然全身の力が抜けていくのを感じ、がくんと膝をついた。
感情だけから来るものじゃない。おかしいと思った瞬間両手が震え出し、自分の力では止められなくなる。

アフロディはこの震えに覚えがあった。病的に白くなってしまった自らの両手を見つめ、瞼を閉じてゆっくりと確かめるように拳を握る。閉ざされた視界の中で、アフロディは自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。その端正な眉を寄せて、何かに堪えるように。

(きっと、大丈夫)


この日、『世宇子中』は完全に形を失った。そして新たに始まろうとしている影があることに、まだ誰も気付かない。
フットボールフロンティア全国大会、その決勝戦。劇的な試合のわずか数時間後、人々はその目を疑うことになる。

『エイリア学園』が、現れたのだ。



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