※ジン君ユウヤコウちゃんがナチュラルに同居 「ドワアアアアア!!」 目覚まし代わりに聞こえてきたのは、耳をつんざくような悲鳴だった。そこまで狭い家じゃないのに部屋の扉を突き抜けて聞こえる声は、間違いなく彼のものだろう。原因はユウヤか、それとも部屋に虫でも出たか。このままだとまた彼の部屋が荒れることになるだろうから、まだ霞んだままの瞼を無理やり開けて自室のドアをくぐった。 こうして三人で暮らすようになってからというもの、当初は一人で寝たがらないユウヤと僕は同室だった。時間が経つにつれてその傾向は薄れ、今では三人別室で寝るようになっている。しかし何を思ったか、その時の部屋割りのせいで一番早起きのユウヤがコウスケくんの目覚まし代わりになっているのだ。しかもその起こし方が意外なまでに荒々しいものであるらしい。 ややもするとユウヤのブローが当たったか、はたまたそれ以上の荒業をお見舞いされたか。若干不安になりながら廊下を歩き、扉を開けた。 「二人とも、今日は八神さんが来る日だから部屋を片づけておけと……」 「ジン!!助けてくれ!!」 扉を開けた瞬間、涙声のコウスケくんがいきなり泣きついてきた。勢いの乗ったタックルに思わずよろめくと、そのままの体勢で彼はさめざめと泣き始める。 「…ユウヤ、もう少し優しく起こしてあげてくれないか」 「違うんだ…ユウヤじゃないんだ…こんな、こんな……!」 俯いて顔を両手で覆いながら泣くコウスケくんをそのままに、ベッドに乗ったままのユウヤに声をかける。ユウヤは数ミリ動いたかどうかという表情で小首をかしげるが、コウスケくん曰く彼のせいではないらしい。じゃあ何があったんだい、と努めて優しい声を出そうとするが、やはりどこか呆れ半分になってしまっている気がしてならない。 コウスケくんは顔を覆っていた手を離し、ゆっくりと面を上げた。その顔を見て思わず理解の溜息が出る。 「これは…また…」 「信じられない…!神に選ばれた美しい僕の顔がこんなことになるなんて…!」 彼の眼帯に覆われていない方の左目が、見事なまでに赤く腫れあがっていた。いわゆる「ものもらい」というやつだろう。目尻が赤いのはものもらいのせいだけではないようだが。 「昨日寝る前に鏡を見た時は何ともなってなかったのに…今朝起きたらいきなりこんな…」 「…とりあえず、鏡を見すぎだという事は今さら言わなくても良いかな?」 「ああ、どうしてこんなことに…!助けてよダディ……」 今のところ心配よりも呆れの方が強い僕の突っ込みも、コウスケくんの前には無意味だったようだ。ずっと泣き止まない彼は、きっと八神さんにも会いたがらないだろう。何と言い訳をしようか。心配性なあの人のことだ。本当のことを言った暁には、きっと籠城を決め込むコウスケくんの城に親切心100パーセントで討ち入るに違いない。それだけは避けないと、明日以降の我が家の雰囲気が重く気まずくなってしまう。 「病院に行こう、コウスケくん」 「ジンはこんな状態の僕に外に出ろって言うのかい!?」 「そんな事言ったって、君だって早く治したいだろう?」 「嫌だ!美しくないなら外になんて出たくない!」 涙目の必死の訴えに、さすがに僕も打つ手がなくなって溜息をついてしまう。額に手を当ててどうしたものかと考え込んでいると、今までベッドに座ったままだったユウヤがおもむろにコウスケくんに歩み寄った。 「…コウスケ、どこか痛いの…」 「どこかって言われると心が一番痛い…」 「……」 ユウヤは表情を変えずに数秒止まってから(おそらく何か考えていたのだろう)、自らの手をコウスケくんの胸元に持っていき、ぺたりと触れた。僕もコウスケくんも訳が分からずユウヤを見ていると、コウスケくんの胸に触れていた手を自分の胸に持っていき、押し当てる。それを2、3度繰り返してからぽつりと口を開いた。 「…コウスケの痛いの、はんぶんもらった」 「ユウヤ……!」 「こら、ユウヤにものもらいが移ったらどうするんだ」 ユウヤに抱き着くコウスケくんを引き剥がしながら、何か妙案はないかと思案する。何と言おうと最終的には引っ張ってでも病院に連れて行くつもりだが、嫌だと言うのだから何かで妥協してもらう他ない。その時、彼の右目を覆う眼帯に目が行った。 もしかすると、これは。 「コウスケくん、君のその眼帯のスペアはあるかい?」 「ああ、あるよ。それはもう素材からこだわった一級品の」 「御託はいいから、それを出してくれないか」 コウスケくんの持ってきたもう一つの眼帯を受け取り、そしてそのまま彼の左目に装着した。何とも決まらない格好だが、ものもらいを見られたくないと言うのだからもう方法はこれしかないだろう。 「車を出そう。コウスケくん、八神さんには言っておくから君は支度が出来たら病院に行くんだ」 「嫌だ!こんな恰好美しくない!家に呼んでよ!!」 「残念ながらものもらい程度で医者は呼べない」 「嫌だー!ダディ!ダディー!!」 両目を覆われたまま泣くコウスケくんを後目に、着替えるために部屋を出る。彼には一日でも早くこの国の一般市民の常識を知ってもらわないと。存外冷たいあしらい方をしてしまったかとも思ったが、時には厳しさだって必要だろう。 |