小説―稲妻 | ナノ

現パロ・設定的にネタバレ
グロくはないけど一応欠損注意



築3年、駅から徒歩10分、角部屋、七畳半のワンルーム。浴室セパレート式、オートロック、エトセトラ。
全部の条件をもって家賃が3万とは、随分と良い物件を探し当てたものだ。この春から通うことになった大学は、どうにも実家からでは距離がある。そこで一本で行ける駅のほど近くにあるこのアパートで、独り暮らしをすることになったのだ。

下見をした時から部屋は随分と変わった。家具が置かれ、少し狭くなったような気がする。だがそれもまた一興というものだろう。
整然と並んだ家具たちを見つめ、新しい生活の始まりに一人満ち足りた気持ちになる。今日から始まる新生活に少しだけ気持ちが浮つくのを抑えるために、一度近所の店の具合やらを見てみようか、そんなことを思って部屋に背を向けた。その時だった。

「いった!」

硬いものを床に落としたかのようなガツンという音と、短い悲鳴。踏み出したはずの足が止まり、思わず全力で振り返った。

「な…誰だ!?」
「いっつ……え、あ、わあっ!?」

互いに目を丸くし、硬直しながら見つめ合う、俺と誰か。髪も目も、身に着けている衣服ですら真っ黒の、カラスのような色をした少年がそこにいた。打ち付けたのか、頭を押さえながらむくりと起き上がったその状態のまま、口をぱくぱくとさせて俺を見る。きっと俺も同じような表情をしているのだろう。

「うそ、何で!?」
「お前どこから入ってきた!?鍵はかけてあるはず…」
「ちょっと待って、ひとつ質問!」
「それはこっちの台詞だ!」
「いいから!質問!!」

勢いで押し切ったその大きな瞳は、隠しきれない動揺の色を携えながら俺をまっすぐに射抜いた。

「きみ、霊感とかあったりする?」
「…なんだそれ」
「いいから教えて」
「…弱くはない、と思うが」
「……そのせいかあ……」

そうだ。俺は昔から心霊や何やらという現状によく遭う体質のようで、昔は見たくもないのに見えてしまうものたちに恐怖しながら過ごした。だからそういった霊魂云々の存在を信じていないというわけではない。今では大分慣れたものだが、しかしそれが一体なんだというのだ。
俺が答えれば、目の前の少年はがっくりと頭を垂れ、大きく長い溜息を吐いた。

「…ぼく、君に引き寄せられたみたいだ…」

究極に残念なお知らせだ。たった今、妙に安い家賃の理由が判明した。

「いわくつきだったのか!!」

魂の奥から叫んだその声は部屋中に響き渡り、隣の部屋から壁を蹴る音が聞こえた。



件の少年の名前はシュウ。享年13歳。生前の記憶はほとんどないという。
気が付いたらこの辺りにいて、アパートができてからはこの部屋に留まり続けていたらしい。それが、俺が入居したこの瞬間に磁石のように身体が地面に引き寄せられて、床に落ちた、と。

「…どこまで信じたらいいんだ…」
「嘘ついてどうするのさ」

このシュウという少年は、おおよそ俺たちの想像するところの『幽霊』とはかけ離れている。
まず、この人間っぽさ。普通、霊というものはもっとおどろおどろしいイメージがあるが、こうして話していると普通の中学生くらいの子供と接しているようだ。
そして、何よりもその身体だ。漫画のように手がすり抜けることもなく、触ればちゃんと肉体が存在していることが分かる。まったくもって訳が分からない。影はできていないのだから、俺たちとは違うつくりなのかもしれないが。

「はあ…全く、俺にどうしろというんだ…」
「僕だってこんなことになるなんて思ってなかったよ…」
「まあいい、少なくとも分かりやすいイメージの悪霊じゃなさそうだからな」
「当たり前だよ」

まさか、生きているうちにこんな奇妙な体験をするとは思わなかった。幽霊と普通に会話をしているなんて。
俺がどうしたものかと頭を悩ませていると、落ちてきた時から変わらずうつ伏せになったままのシュウが、くいと俺の服の裾を引っ張った。

「何だ」
「ちょっと起き上がらせて」
「それくらい自分でやれよ」

やれやれと思いつつ立ち上がれば、真正面に座っていたシュウの伏せった姿が見下ろせた。その瞬間、二度目の衝撃が俺の視界に広がる。

「お前、脚はどうした!?」
「ないよ。幽霊だもん」

そうケロリと答えたシュウの脚は、ズボンの丈が不自然に余るほどに、存在していなかった。布だけを床に落としたような、厚みのない両足にぐらりと眩暈がする。どうしろというのだ、本当に。

「こうなると身体があるのも不便だよね」
「不便なのは俺も一緒だ。全く、どうしてこんなことに…」

ぐちぐちと言葉を零しながら、差し出されたシュウの手を握って立たせる。触れた肌は死人のように冷たくて思わずぞくりとした。体重もないに等しい。思い切り引き上げようと体重をかけたものだから、逆に拍子抜けして変にバランスを崩してしまった。
上手く座れないのか、両腕で体重を支える姿が何となく不憫に思えて、買ったばかりの新品のベッドを背もたれに座らせる。ズボンの裾をつまんで持ち上げてみれば、腿の真ん中あたりまでしか脚は存在していないようだった。

「厄介だ」
「そうだね」
「どうすればいいんだ。俺もお前も」

腕組みして本日数度目の溜息を吐く。座ったままのシュウもうんうんと唸りながら思い悩んでいるようだ。このままここに置いておくのも面倒だが、この状態のまま外に放るのも、また新たな厄介事を生むような気がする。
――ならば。

「シュウ、お前がこの部屋に縛られているのは、何か未練があるからか?」
「よく分からないけど、多分そうなんじゃないかな」
「だったら、未練を果たせば成仏できるな?」
「まあ、…多分、そうなるかなあ」

本人も分かっていないようだが、もうこのまま考えていても埒があかない。然らば即断即決、悩んでいても時間ばかり食うだけだ。
シュウの真っ黒な瞳を見ながら、俺ははっきりと宣言してやった。順応しろ、白竜。

「ならお前が成仏するまで、この部屋に住まわせてやる」

引っ越し作業で溜まった疲れが一気に出たのだろうか。自分でも奇天烈な言葉を吐いたような気がする。俺の言葉を聞いてぽかんと口を開けたシュウの表情が、それを物語っていた。

……順応しろ、俺。


::120118
::多分続きます


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