小説―稲妻 | ナノ

※京介がブラコンこじらせて残念になってる


【ブラザーコンプレックス】男兄弟に対して強い愛着・執着を持つ状態を言う。俗に「ブラコン」とも略され、この場合、男兄弟に対して強い愛着・執着を持つ兄弟姉妹自体に対しても使われる。(Wikipediaより抜粋)


事の発端は一週間前。いつものように兄さんの見舞いに行ったときのこと。
今までそうしていたように他愛もない会話をして時間は過ぎていく。会話なんていうのは本当に日常で起こった些細な出来事ばかりだが、兄さんは俺の口から出るその話をいつも楽しみにしているようだった。
俺の話の大概が部活のこと、サッカーのことだ。丁度白恋戦を控え、新しいタクティクスをようやく習得できそうな時期だったから、土産話として持っていったその話を兄さんは頷きながら聞いていた。
外の空気が冷気をはらんできた頃合いだ。薄暗くなった窓の外の景色を見て、そろそろ帰らなければ、なんて思っていた矢先のことだった。少しだけ重い腰を上げて椅子から立ち上がる。また来るよ、そんな事を言ったはずだ。が、自分が発した言葉なんて一瞬で飛んでしまうほど、続く兄さんの一言が俺の心臓を勢いよく貫いたのだった。

「そうやって頑張ってる京介は本当にかっこいいな」

自分自身に問いかける。――これは、振りか?



兄さんのあの一言の爆弾(俺にとっては爆撃並の衝撃だ)が投下されてからというもの、どうも俺の調子は芳しくない。
挙げていけばキリがないが、昨日湯を入れるだけのカップスープに冷水を注いでしまったのはまずかった。冷えたスープなんてスープですらない。結局朝はどうしようもない食事しか取れないまま朝練を迎え、いつも以上にへばりながら一日を過ごしてしまった。
それだけではない。
一昨日は洗濯洗剤と柔軟剤を間違って投入してしまったし、別の日には本の角を思い切り打ち付けて膝の皮がずる剥けになるし、この前なんて通学鞄と別の鞄で登校したまま校門をくぐるまでそれに気付かなかった。本当に、どうしようもなく調子が悪いらしい。

「剣城、おはよー!」

サッカー棟に足を踏み入れる。人の気配がないことから一番乗りなのだろう。自動で開かれるドアをくぐった時ふと後ろから聞こえてきた空に抜けるような声は、振り向かずとも誰のものか分かった。俺が振り返るより先に肩に手を置いて並んで歩くそいつは、松風天馬その人だ。

「今日は鞄大丈夫?」
「おい、掘り返すなよ」
「いや…ほら、最近剣城調子悪そうだからさ」

そんなの自分が一番分かってるよ。
そう一言、目の前でへらっと笑うそいつに突き付けてやりたいものだが、善意が服を着て歩いているような松風は、きっとただ純粋に俺を気遣っての発言をしただけにすぎない。いちいち突っ込むのも面倒だ。胸のあたりが形の分からないもやで覆われているような感覚が引かない。気持ち悪くてたまらないのだ。松風に構っている余裕なんて雀の涙ほどもありはしない。

「剣城さあ」
「…何だよ」
「ひょっとして、お兄さんのことで何かあった?」
「なっ!?」

…そう思ったはずなんだが。
虚をつかれた。どうしてこいつは妙なところで勘が鋭いのだろう。何の前触れもなく松風の口から滑り落ちた言葉は俺の心臓を射抜き、構うものかと張った虚勢が一気に突き崩される。結果的に反射で思い切り松風を振り返ってしまった。これじゃその通りだと言っているようなものじゃないか。

「おかしいな…俺が昨日会ったときはすごく元気そうだったんだけど…」
「お前何勝手に会いに行ってんだ」
「ねえお兄さんどうかしたの?」

俺の言葉を無視して不安げな視線を送る松風。何となくこいつの眼差しが苦手だった。はあ、と一つ溜息をつき、何ともないとだけ答える。その言葉に安心したのか笑顔を取り戻した松風は、何かを理解したかのように2、3度頷いた後俺を見て、満面の笑みを浮かべた。

「剣城ってさ、ほんとにお兄さんのこと大好きだよね」
「は、はあ?何だよいきなり…」
「だって剣城って、お兄さんといる時と俺たちの前とじゃ全然雰囲気違うもん」
「だから何だよ」
「だから、何て言ったら良いのかなー……剣城が何か失敗する時って余程のことがある時だと思うんだ。だったらもうお兄さんの事しかないんじゃないかって思ってさ」

でも悪いことじゃなさそうで良かったあ、と呑気な声で笑う松風は、さして間違ってもいないことを口走っていた。意表をついた言葉の攻撃が容赦なく俺を突き刺す中、自分自身兄さんの一言でこんなにも動揺してしまっている事実に今さら気恥ずかしくなる。

「まあでも、俺は別に良いと思うよ?ほら、僕妹?とかも流行ったことだし。俺見てないけど」
「?何のことだ」
「え?剣城ってお兄さんのこと、え?あれ?違うの?」

松風が足を止めて、しどろもどろに短い言葉を零す。そのうち何かを理解したのか目の前の顔は一気に真っ赤に染まり、息を吸い込むような引きつった声がその喉から漏れた。目を丸くさせて、挙動をぎくしゃくとさせながら、一言。

「……お、俺…てっきり、剣城はお兄さんの事、……す」
「うわああああああ!!」

松風のその後続く言葉を理解して、一気に身体が沸騰した。松風が言葉を言い終わる前に両手が自然と耳を塞ぐ。俺に突き付けられるであろう事実を拒否するかのように、反射的に喉からは普段絶対出ないような大声が出た。
耳を塞ぎながらしゃがみ込む俺と、真っ赤になりながらキョロキョロと落ち着きをなくす松風。その姿はその後サッカー部でちょっとした話題となった。もちろん俺にとっては黒歴史以外の何物でもないが、松風も松風であの時の話をされると「ごめんなさい」と意味もなく謝るだけだ。双方触れてほしくない話題になり、今やあの時の話はお互い口外禁止である。

ちなみにその日の朝練では、ユニフォームを前後ろに着る俺と松風がいた。



::120103
::宇宙の鳥は京→優を応援しています


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