小説―稲妻 | ナノ

※胸糞悪い内容につきR-15



最初の子は落ち着いた仕草が印象的な少年だった。
スタッフに対してもいつも丁寧な態度で接し、質問にもしっかりと答える、一見何の問題もなさそうな患者だ。
彼が他と違うのは、その右腕が無い事だった。事故によって失くしてしまったらしい。彼はサッカープレイヤーだったそうだが、もうそれも過去の話だ。
彼は音楽を好んだ。古いクラシックの曲をよく聴き、時たま看護師にその曲について大層楽しそうに笑顔で話す姿を見かけた。
そんな彼も感情の抑揚を抑えるのだけは苦手だったらしい。神経を張りつめすぎて、夜中に巡回の看護師がむせび泣く彼の声を、病室から何度も聞いたという。
彼が来て一ヶ月目あたりから変化は起こり始めた。初めの「発作」は急だった。朝の検温時に彼が愛用していたヘッドフォンをいきなり床に叩きつけて壊し、何やらブツブツと言葉を漏らしたのだ。落ち着かせようと手を伸ばすと、ものすごい力でなぎ倒されたそうだ。それからその「発作」が起きる頻度は増していき、暴れた挙句バランスを崩しベッドから落ちるというような事は幾度となく起こった。
彼は大好きだった音楽を聴くと追い詰められる、と話していたという。やがてそんな不安定な状態が一年ほど続き、現在は植物状態のまま眠っている。
彼は発作が起きていないとき、よく「マエストロ」という単語を口に出していた。マエストロはこの曲が大好きなんです、マエストロも今日は機嫌が良いみたいです、と。その「マエストロ」が誰なのかは分からない。教えてくれる人も、もういない。

二番目の子はどこか虚ろな目をした少年だった。
元々は明るく元気な子供だったらしいが、昔起きたある事故のせいで心を閉ざしてしまったそうだ。その事故で最愛の兄の脚が動かなくなってしまい、ずっとそれが彼の心を追い詰めていたのだろう。
彼が入ってきた時には既に今のような状態になっていた。口を開かず、食事もろくにとらず、どこか虚空を見つめている。そんな状態だ。
だが彼はいつも見えない何かに怯えていて、夜中になるとそれが来るのだということは繰り返し主張していた。そのことを話す彼は錯乱状態にあって、脈も血圧も上昇するため危険だった。加えて真夜中に「それ」から必死に逃げるように病室を出て、廊下を走り階段下まで転がり落ちて怪我をしたことは、少なくとも二桁に及ぶ。階段上から落ちてくる彼を見た看護師の一人は、怪我をしても尚逃げようと必死にもがく姿に戦慄したという。
彼はよく「兄さんじゃなくて俺の脚が動かなくなればよかった」と言っていた。彼の話によれば、夜中に出てくる「それ」は彼の脚を切り落とそうと剣を振るって追いかけてくるのだそうだ。それから逃げ惑う自分が嫌いだ、とも。
そして彼が来た年の冬、とても寒い夜の2時過ぎ頃。病室に彼の姿がないことを深夜帯の看護師が発見した。見ると窓が開いていて、その真下のコンクリートには頭の割れた彼の姿があった。ベッドは這いずり回ったかのようにぐちゃぐちゃになっていたという。
聞けば、彼の兄は木から落ちた弟を受け止めたことが原因で下半身不随になってしまったらしい。5階から落ちた彼は、一体何を思って飛び降りたのだろうか。

三番目の子は感情の起伏の激しい少年だった。
普段はよく笑う明るい子で、友達とサッカーが何よりも大好きだとよく話してくれた。スタッフによく懐き、食事も残さず食べる、そんな普通の少年だった。
ただ彼は自分の世界を否定されるのを何よりも嫌った。そして、前述の二人とも親交が深かったらしい。彼らと同じように、この少年も彼だけにしか見えない「何か」の存在を認知していた。それによる二人の末路も知っていた。その「何か」については、彼はスタッフの言葉の一切を受け入れようとはしなかった。
ひとたびその話題に触れれば、「みんなが分かってあげようとしないから二人ともあんな風になっちゃったんだ」「俺たちがおかしいの?」「ちゃんといるんだよ、今だって」と敵意をむき出しにして怒り狂った。その時の彼ほど危険な状態の患者はおらず、落ち着かせようとすれば生傷が絶えなかった。
そしてもう一つ印象的なのが、彼が口にする意味深な単語だった。彼の中では「ホーリーロードというサッカーの大会に出場していた」「管理された中学サッカー界に革命を起こすために頑張っていた」「自分と二人は化身使い」だったらしい。その中の「化身」と呼ばれる存在が、彼らの見ていた幻覚症状なのだろうと推測される。だが彼の言うようなサッカーの大会はおろか、管理された中学サッカー界など存在しない。それを否定すると結果は見えているので、もちろん否定することもできない。
今、彼は集中的な治療が必要な患者であり、一連の幻覚症状を訴える患者の一人として、貴重な研究対象となっている。


この幻覚症状とそれに伴う異常行動は、全国のいたるところで確認されている。ここ数年間でみられるようになった傾向で、その対象者は思春期の少年に大きく偏る。加えてサッカーをしている者ばかりだ。まるで自分のそばにいつも誰かがいるように話したり、それに名前を付けたり、ありもしない事を現実のように話したりする。
彼らは我々と違う、どこか別の世界の住人なのではないかと、時々とても怖ろしい。


::111204
天才には狂人が多い

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