小説―稲妻 | ナノ

※気持ち悪い


部室の扉を開くと、その向こうにアポロンがむすっとした表情をして座っていた。テーブルの上には皿が乗っていて、アポロンはその上に乗ったものをゆっくりとした動作で口に運ぶ。しかも手づかみで。

「飲食禁止じゃないが、せめて箸を使え」
「…ヘラ先輩」
どうやら考えに没頭していたようで、こちらの気配に気づかなかったらしい。一瞬だけ視線を交えたが、それはすぐにテーブルの上に落とされた。
「何かあったのか」
出来るだけ優しく言ったつもりだが、アポロンの不機嫌の証であるぶすくれた表情が消える事はなかった。するとアポロンはふいにがばっとこちらを見て、思いのたけをぶちまけた。
「だって豊が酷いんだ!俺がいくら好きだって言っても本気にしてくれないから!だから俺、信じてくれるまで何度も何度も言ったんだ、なのに今度は話し掛けるなって無視した!俺もうどうしたら良いかわかんねえよ!」

終いには涙目になって拳をきつく握った。心なしか震えている。アポロンがデメテルに執着するのはいつもの事だが、流石のデメテルも今回は堪えられなくなったのだろう。気持ちが分からないこともない。そのかまってちゃんぶりを日頃から目にしている俺たちなら、アポロンの言動の度が過ぎていることを知っているから。
しかし、アポロンの行動が純粋な好意から来るものであることも分かっている。要するに、こいつは子供なのだ。引くところ抑えるところを知らないだけで。だから、頭ごなしに叱るのではなく、自分で考えるための助言をするのが一番良い。

「アポロン、駆け引きという言葉を知ってるか」
アポロンは小さく首を左右に振った。
「押して駄目なら引いてみろ、というやつだ。おそらく、デメテルは押しに疲れている。少し引いてみたらどうだ」
「…引くって、何を」
「真っ正面からぶつかるんじゃなく、それを抑えたりとか」
「…ふーん。でもさ、もう駄目だよ。俺もう、豊に向き合えない」

アポロンは一層沈んだ声で呟いた。これは相当やられてるな。いつものアポロンには有り得ない表情と言葉に、少し心配になった。

「いつものお前なら素直に頷くのに、珍しいな。受け入れられなかった事が寂しいか」
「…寂しいし、苦しい」
「なら尚更だ。受け入れられないなら受け入れさせてみろ。お前、デメテルが好きなんだろう」
らしくない発言に自分でも驚いたが、どうやらそれはアポロンには刺激になったらしい。少し面食らったような表情をした後、その名前の通り太陽のようにニカッと歯を見せて笑った。
「ああ!俺豊が好きだ、大好きだ!」

いつもの調子に戻ったアポロンに内心安堵した。普段元気な奴が落ち込んでいるとやはり不安になる。
問題が解決したのは良いが、部室に来たからには今は部活の時間である。俺がここに来たのは、人を探していたからだ。

「そういえばアポロン、そのデメテルを知らないか?」
「知らない」

ぴしゃりと言い放たれた否定に少しだけ驚く。先程の明るい声とはうってかわって、釘を打ち込まれたような鋭く低い声。多少たじろいだが、知らない事には仕方がない。他のメンバーの中には居なかったから、どこか別のところに居るのだろう。

「そうか。じゃあ見つけたら教えてくれ。お前ももうすぐ集まれよ」
「うん」

そう言って部屋を後にした。視界の隅でアポロンが口角を吊り上げたような気がする。錯覚だとは思うが。アポロンはそう、きっと素直に返事をしただけだ。ところでアポロン、さっきからお前が食べているその肉、何の肉だ?