小説―稲妻 | ナノ

秋も深まってきた今の季節に反して、日の光は柔らかく暖かだった。しかしひとたび風が吹けば、やはり冬の色が混じっているのを肌で感じる。防寒が甘かったか、と亜風炉は一人数分前の自分に対して後悔の溜息を漏らした。

駅前のバス停はいつもよりも空いていた。普段登下校の学生たちでごった返す車内も、休日とあって幾分か余裕が見受けられる。何のことはない、ただの気まぐれの散歩のようなものだ。ただ彼のそれは普通の散歩と違い、金とバスを使うというだけである。

亜風炉がバス停に着いた時には、既に乗れと言わんばかりにドアが大きな口を開けていた。それに吸い込まれるように、開かれた扉に軽く指先を触れてステップを踏み締める。
一段上り、顔を上げたところで気づいた。見覚えのある横顔。ドア付近の吊り革を掴んだ人物。馴染みの深い人物であることを確信した亜風炉は、三段ある階段を上り切ったところで彼に声をかけた。

「平良先輩?」

肩に少しだけ触れるようにして名前を呼べば、イヤホンをつけた横顔が亜風炉を振り返る。やっぱり、とどこか安堵した笑みを浮かべた亜風炉に、平良は僅かに物珍しそうな表情を浮かべた。

「久しぶりだな。でもどうしたんだ、こんな休みに」
「ちょっと散歩をね。でも先輩こそそのイヤホン、何の意味があるんですか?」

悪戯をたくらむ子供のような表情で、亜風炉は平良の耳から伸びている白いコードを摘んだ。音楽は流れていないようだ。通りで亜風炉の小さな声に反応できた筈である。

「周りの音を遮るために。だからほら」
「イヤホンだけポケットに入れてるんですか?はは、面白いことしますよね、本当に」
「勉強するときに集中できるんだよ」

コードが伸びた先、平良のダッフルコートのポケットの中からは、するするとイヤホンのコードだけが引っ張り出される。それに亜風炉はくすくすと笑い、「受験生は今から大変ですよね」と他人事のように笑いかけては平良の顔を歪ませた。

「先輩はセンター組ですか?」
「まあ。だから参考書買ってきた帰りなんだ。お前は部活どうだ?そっちの学校、結構良い話を聞く」
「ぼちぼち、ですね。三年生が抜けてからは大変ですよ。でもまたキャプテンがやれて嬉しいなと思って。充実してますよ」
「そうか」

ふっと平良の表情が柔らかく解れた。ああ懐かしいなあと、胸の深い部分から全身に向かって、わっと血の巡るのが分かる。

「先輩、どこ受けるんですか」
「教えたらお前、ついて来るだろう。高校受験の時と違って」
「心狭いですねえ。いいですよ、自分で調べますから。特に行きたいところもないし」
「お前なあ…」

平良が渋面を浮かべたと同時に、扉が音を立てて閉まった。バスがゆっくり動き出す。亜風炉はひとつ、小さく息を吐いた。それから隣の平良を見上げ、急に思い付いたように口を開く。

「先輩、久しぶりに会ったんだからちょっと話でもしましょうよ」
「話?」
「おすすめの店があるんですよ。誰にも教えてないところ。先輩に一番最初に教えてあげます」
「…はちみつレモンか?」
「アップルパイも、ね」

変わってないなあ、と平良が口元を緩めた。それにつられるように亜風炉もまた笑う。今でも好きなものを覚えているなんて、君も大概だよね、と。それは口に出す前に彼の喉元で弾けたけれど。

どうせまた昔のように、世話を焼いて奢る彼の姿が容易に想像できる。それだけで、少しだけ指先が温まりそうな感覚を覚えた。



::111111
ヘラアフの日2011 微妙に間に合わなかったけど一応


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