小説―稲妻 | ナノ

放課後とあって美術室は閑散とした空気に満ちていた。提出期限が今日の放課後までだなんて、実技科目は本当に骨が折れて仕方ない。新聞紙に包まれた下手くそな粘土の塊を置いていくため、わざわざ鍵まで借りて立ち寄った。
夏休みが近いこの時期、運動部の練習が地獄になる分、文化部はそこまであくせくとしていない。大抵の文化部が発表の場を秋に控えているせいか、はたまたうちの美術部が小さい部活だからか、ご丁寧に鍵までかけてあるのだ。

ガチャンという音が耳を引っ掻く。施錠を外して一歩踏み入れれば、夏特有のむっとした不快な空気感が全身を包んだ。

「失礼します…」

形だけの挨拶が口を滑り落ちた。広く静かな美術室ではそれだけでもホールか何かの様に響き渡り、床を擦る上履きの音も、新聞紙の立てる枯れた葉っぱの様な音も、全部が全部俺を孤立させようとしてくる。

ここにいると妙な気分になる。授業の時はあんなに話し声で溢れ返るこの空間が、今は別世界のようだ。
教卓(というのだろうか)にはいくつもの新聞紙が墓石か何かの様にそびえ立っていた。俺のクラスのものだろう。何だって皆こんな面倒なことを手早くできるのだろうか。そんな愚痴を頭の隅で零しながら、作品をそのジオラマの中に仲間入りさせてやる。

仕事が終わったことに一つ息を吐いて、ふと何となく後ろを振り返ってみる。教室の後ろに飾られた作品の並びに、どことなく見覚えのある出で立ちを見付けた。小さな興味が俺の中に生まれる。そうなるともう自然と足は動いていて、両足の生む音は順番に教室の空気に溶けていった。

「……あ、」

南沢さんの作品。タイトルは『自画像』。思わず吹き出しそうになった。自画像って。あの人はどこかナルシストっぽい雰囲気のある先輩だけど、自画像が美術室に飾られるなんて思ったのだろうか。
それでもまじまじとそれを眺めれば、特徴を捉えた描き方にそれなりに感心する。俺は絵なんて描けないから、いくら『自画像』で笑ってもその技術は素直にすごいと思える。

(南沢さんの絵――)

画用紙にぶら下がった作品名と名前が書かれた紙を指でそっとなぞってみた。南沢篤志。ボールペンで書かれた字はちゃんと南沢さんの字だ。意外なほどそこまで綺麗な字じゃなかった。少しだけ右上がりな、角張った字。それだけでどこか懐かしささえ感じるほどだった。

「南沢さん、」

口をついて出た名前は、僅かに空気をはらんで掠れて消えた。教室の中に溶けることもなく、情けないくらい呆気なく。
もうモデルはいないというのに、やたら精悍な顔つきをした南沢さんの絵がいつまで飾られているのかは分からない。ひょっとしたら俺が卒業するまでこのままなのかもしれない。

それこそ、一人でみじめに、途方もないくらい長い間。


::111030


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テーマ「人外ファンタジー」
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