小説―稲妻 | ナノ

※10割捏造


白竜。僕のたったひとりの友達。大好きで大切な友達。
白竜は優しい。この町に越してきたばかりで周りになじめない僕を、笑って仲間内に迎え入れてくれた。それでも慣れ親しんだ間柄、彼らと僕の間には薄いけれどはっきりとした壁があって、その透明な障壁に阻まれてもう一歩のところでいつも足がすくんでしまう。
きっとノリの悪いやつだとか、つまらないやつだと思われている。でもしょうがないんだ。本当は、本当はあと少しだけ勇気があればちゃんと踏み込めるところにいるのに、すんでのところで怖くてたまらなくなる。元々誰かと話題を共有してしゃべったり、大勢の中に放り込まれたりするのはあまり得意じゃなかった。だから誘いの言葉にも返す返事はどこかぎこちなくなり、結果としてせっかく白竜が迎えてくれたグループにもなじめずにいた。

白竜は、僕の手を無理やり引くことをしようとはしなかった。僕を遊びに誘う時は決まってみんなで携帯ゲームの対戦をしていたのに、ある日を境にそれはきっかりとなくなった。その日連れてこられたのはいつもの公園じゃなくて、お世辞にも綺麗とは言えないサッカーグラウンドだった。

「シュウはサッカーしたことあるか?」
「…ない、けど」
「やっぱり。でも、みんなと一緒にゲームするよりこっちの方が案外楽しいかもな」

そう言って、今にも壊れてしまいそうな古びた倉庫からボールを一つ取り出した。そして彼が2、3度蹴ったかと思うと、そのボールが自分目がけて緩やかに蹴られる。反射で脚を出せば、偶然にも白竜からのパスを受け取ることができた。思わず自分でも驚いてしまい、受け取ったボールはそのままあさっての方向に転がっていく。

「シュウ、筋良いよ」
「ほんと?」
「本当。きっと練習すればもっと上手くなる」

白竜は僕の横を通り過ぎて、転がってしまったボールを取りに行く。今日は少しだけ風が吹いている。風に舞った砂埃が睫毛を掠め、僅かに瞼を伏せた。風にあおられた白竜の髪だけが、伏せられた目の奥に焼き付けられた。
それからはもう、無理に遊びに誘われることは無くなった。その代わりに二人でよくサッカーの練習をするようになった。
彼は少年サッカーチームのキャプテンで、実力もあって人望も厚い。それなのにこんな僕の練習に付き合って、ボールを蹴り合うことを笑って喜んでくれた。だからだと思う。僕がここまで頑張れたのも、サッカーのことを好きになれたのも。

僕には彼以外に友達なんていなかった。それでも良いと思えた。これからもこうして一緒にボールを蹴ることができるなら、きっとそれだけで僕はすごく幸せなんだと思っていたからだ。
練習するたびに少しずつ上手くなっていく感覚に身体は奮えたし、彼も笑ってくれた。白竜は僕が人付き合いが苦手なのをよく知っていてくれたから、いつまで経ってもあのグラウンドでボールを蹴るのは二人だけだったけれど。


それでもその時はやってきた。いきなりの事だった。

「白竜、どこかに行っちゃうの」
「…ああ。サッカーの成績がどうのって、難しくてよく分からなかったけど」

いつものようにボールを蹴り合って、もう日も大分落ちてきた頃。町内放送でチャイムが鳴り、いつもならこの放送を合図にさよならね、って別々の方角に帰る、そのはずだったのに。
今日の白竜はなかなか帰ろうとしなかった。ただボールを弄り、中々口を開いてくれなかった。そして重い口からぽつりと呟かれたのは、彼がどこか遠い場所へ行ってしまうこと。それが明日であること。サッカーが関係していること。

「この前の試合の後、黒い服の人に言われて。サッカーの実力がどうとか、シードがどうとかって。家族に話したら絶対に行けって、こんなチャンスないからって」
「……」
「本当にごめん、中々言えなかったんだ。俺がいなくなったらシュウは、」
「だいじょうぶ、だよ」

口をついて出た言葉は、自分でもびっくりする答えだった。僕も驚いたけど、目の前の白竜はもっと驚いていて、目を皿みたいに丸くして僕を見る。喋るのが下手なせいで上手く言葉にできない。でも何度か喋るために空気を吸い込んで吐き出してを繰り返し、ようやく出た言葉を途切れ途切れに並べていく。

「白竜は、…サッカーの実力、認められたんだよね」
「……、」
「…それってすごい事だと思うし、チャンスだし…それに僕とサッカーするよりも、きっと良い練習できるよね」
「でも、」
「僕もサッカー続ける、から。白竜も頑張って。絶対、上手くいくと思うから…」

最後の方は尻すぼみになってしまって、自分でも上手く聞き取れなかった。俯かないようにまっすぐ彼の目を見て、下手くそな笑顔を作る。泣きそうになるのを無理やりに抑え込んだ。喉の奥から嗚咽になりきらなかったぎこちない呼吸がせり上がり、少しだけ苦しくなる。
少しの間をおいて、目の前で白竜が笑った。いつもの笑顔だ。

「ありがとう、シュウ」

砂埃の舞うグラウンドで交わした最後の言葉が、彼の優しい笑顔が、焼き切れるほどの鮮烈な影を残す。それが最後だった。

彼がいなくなってからの僕はただ無我夢中でボールを蹴り続け、サッカーをすることで彼とのつながりを断ち切られないようにと必死になっていた。一体何日経っただろうか。一人だけになってしまったグラウンドで、自分以外のもう一つの影が僕の影を覆うように伸びた。ゆっくりと振り返れば、黒い男の人。
あの時と同じように町内放送のチャイムが鳴った。


次に会った時に白竜はどんな顔をするだろうか。驚く?喜ぶ?そんな事を考えていたら、いつにも増して心が躍るのが自分でも分かった。
白竜。僕のたったひとりの友達。きっともうすぐ会える。フィフスセクターとかシードとか、よくわからない単語ばかり聞かされたけれど、彼にまた会えるのがただ楽しみで仕方ない。
でもその前に、実力を見るためにやらなきゃならない事があるらしい。今から離島にある専用の施設であるチームと対戦するんだそうだ。長くて覚えづらいチーム名だったけれど、白竜とやってきた僕のサッカーならきっと大丈夫だよね。

早く会いたい。大好きで大切な、たったひとりの僕の友達。


::111022
もはやパラレル