小説―稲妻 | ナノ

「俺、監督に人間味を感じないんです」

誰もいなくなった部室でそう呟いた。陰鬱な俺の声は、おかしいくらい室内に飽和して枯れて消えていく。俯く俺からは監督の足元しか見えない。だがその足はどこへ行くこともなく、ただ監督の笑う声だけが小さく俺に返事を返す。

「剣城は変なことを言うなあ」
「はぐらかさないで下さい」

ほら、そうやって何でもないように笑うところ。大人の余裕からか、俺が子供なだけなのか。だけど確かに、出会ったあの河川敷からずっと、この人は笑っていないように感じるのだ。

「俺はあんたが怖いんだ」
「そうか」
「あんたの目は全部知ってる目をしてる。笑ってるはずなのに笑ってない。俺には、あんたが俺たちと同じように思えない」

そこまで言って口を噤んだ。散々勝手を零し、それっきり口を閉ざした俺に監督は何も言わない。だがその靴の先が僅かにこちらに歩み寄ったところで、彼のまとう異質な空気に当てられたかのように動けなくなる。
一歩近付く。また一歩、じれったくなるくらいの時間をかけて。

「剣城」
「っ、」
「お前は、頭のいい奴だよ」

極めて優しい声色のはずなのに、それが温度を持たないように感じるのは俺がおかしいからか、この人が俺達と『違う』せいなのか。分からない。分からない。背中を撫で上げる羽毛のようなぞわぞわとした感覚が這い上がる。だが目をきつく瞑った俺に与えられたのは、監督の大きな掌の感覚だった。

「…監督、」
「お前の言う通りだ、剣城」
「……」
「ここは俺にとって4番目の世界。剣城、お前がこのことに気付いたのは、これで2回目だ」
「どういう、」

監督の言葉に翻弄され、かち合った目玉が無様に揺れ動くのが自分でもよく分かった。だがそのどこか冷めた声とは裏腹に、俺の頭を掻き撫ぜる掌は暖かい。

「大丈夫だ。今度は必ず成功させてみせるから」
「…あんたの言ってること、訳が分かんねえ」
「はは、剣城はいつも同じこと言うなあ」

そう言って俺の頭から手を離した監督の笑顔は、今までで一番人間らしい、みじめで辛気臭い笑顔だった。


::111017
最近の円堂さんが怖い


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