「これ、何てものだか言ってみてよ」 ミストレがおもむろに差し出した正方形に近い箱を、バダップは凝視した。 淡いクリーム色の中に南国を思わせるエメラルドグリーンの海が描かれ、その海を背景に人差し指大の菓子の写真が印刷されている。 どこかイギリスのストーンヘンジを彷彿とさせるその菓子は、地方の土産物として今昔変わらず人々に絶大な人気を誇っているものだ。知らない人間はいないであろうその菓子をどこから持って来たのか、それなりの数が入ったいわゆる「ファミリーパック」の箱を、ミストレはその少女のような顔に微笑みを湛えて差し出したのだ。 「君なら知らないはずないよね。とあるツテで入手したんだけど、皆に配ろうと思ってさ」 実に奇妙な光景である。王牙のナンバー1とナンバー2が対面して、菓子箱をじっと見つめているのだから。 もちろんミストレは純粋な疑問のために言っている訳ではない。ちょっとした悪戯心が働いたのだ。無機的で淡泊なバダップが、どう反応を返すのか気になったのである。 ミストレには二つの予想があった。いつもの彼のように表情を変えず、くそまじめにその名前を読み上げるか。はたまた、焦りの色を少しでも見せるか。 ミストレは99.9パーセント前者だと踏んだが、どちらに転んでも面白い事に変わりはない。もしバダップによる制裁を食らうとしても、親切心を完全に無下にするような事はしてこないであろう。あくまで「皆への差し入れ」という名目での作戦である。策士であるミストレの力が無駄にフル稼動した結果だ。 「ね、バダップ。これ何?」 「箱だ」 「…えっとね。ここに書いてある商品名なんだけど」 バダップの性格を舐めていた。変なところで融通の利かないバダップは、最近その性格の根底に深く根付いている天然さをよく露呈させては、ミストレたちの反応を困らせている。 思わぬところで転ばされたミストレは、空いた片手で横に結われたピッグテールを弄りながら、体制を立て直しにかかった。 箱には、こう書かれていた。 『沖縄土産 ちんすこう』 自らの間違いを正されたバダップは、再び箱に目をやった。表情の汲み取れない両の目は、しばらくその箱を見つめる。事態が分かった瞬間、バダップはその引き結んでいた唇を僅かに開いて、言葉を口に出そうとした。 「……ち、」 「ん?何、よく聞こえないよ」 ミストレは表情には出さないものの、心の中では意外な展開に驚いていた。バダップは、背筋を伸ばした綺麗な立ち姿で箱を見つめる。 「…ち、ん」 「もっと大きな声で言ってよ、バダップ」 珍しいものを見られたものだ、とミストレは自らの策に心中で賞賛の拍手を送っていた。なるほど、バダップはこの手の話題に耐性がないのだ。新たな発見である。ミストレは心の中で笑いながら、目の前のバダップに今一度言った。 「ねえバダップ、これ何て名前?」 形の良い唇が緩やかな弧を描き、軽やかな声が問い掛ける。してやったり。そう思った瞬間、眼前のバダップの表情が一変した。 そして、鈍痛。 「あだッ!?」 「何バカな事してんだお前」 「…エスカバ…」 ミストレは殴られた後頭部を押さえながら、涙目で振り向く。そこには呆れ切った様子のエスカバが立っていた。 「…まったく、空気読んでよこのエスバカ」 「てめえこの野郎もう一発食らいてえか」 あろうことか、目の前のバダップに気を取られて、背後のエスカバに気付けなかったのだ。普段のミストレならありえないことだ。策士、策に溺れる。ミストレの頭の中にそんな言葉が浮かび、屈辱にその美しい顔を歪めたのだった。 その後、ちんすこうが全員で食されたかは謎のままである。 ::110921 拍手SSから移動 |