小説―稲妻 | ナノ

偶然にも帰り道が二人だけになった。
いつもは染岡を含めた三人で同じ方角に帰るのだけど、当の染岡本人は三者面談で帰りの時間が遅いらしい。
なんだか変な感じ、とはぼんやりと思ったことで、実際今までこんな状況になったことがない方が珍しいのかも、とまた頭の別の場所で考える。

「なにげにマックスと二人で帰るの初めてだよな」
「しょっぱいよその台詞」
「うるせー」

マフラーに鼻まで埋めて隣を歩く半田も同じことを考えていたようだ。5時でも真っ暗な冬の道で言葉を漏らせば、たちまち白くなった息が溶けていく。

「ねえコンビニ寄っていい?」
「いいけど、何マックス買い食いすんの?」
「そんなとこー」

じゃあ俺も何か買ってこうかな。マフラーのせいでくぐもった半田の声は、冬のせいなのか分からないけど少しだけ掠れていた。
さみぃ、と一人ごちる横顔に「半田冷え症なの?」と聞けば、「分かんねえけど寒い」と鼻を啜る音と共に嗄れた声が返ってくる。コンビニまでもうちょっとかかりそうだったから、ポケットの中に手を突っ込んで幾分か温くなったそれを取り出して、半田の手に握らせた。

「あげる」
「マジかありがと、カイロやべー温い」
「半田ほんとに冷え症なんじゃない?今すごい指冷たかった」
「いやむしろマックス何でそんなあったかいんだよ」
「ポケットに手突っ込んでたからじゃないの」

たまにいつも手が暖かい人がいるけど(円堂なんかがそうだ)、あながち自分もその部類なのかもしれない。ぼんやりそんなことを思っていると、隣からはぁーとかあーとか幸せそうな声が聞こえてきて、凍てついた空気に冷えた耳に不思議と馴染んでいく。
その様子を見ていたら、さして重要でない言葉たちがポロポロとビーズか何かのように唇から零れていた。

「半田ってさ、そろばん習ってたでしょ。小学生の頃」
「え、なんで知ってるんだ?」
「…いや、適当に何となく…まさか本当に習ってたとは…」
「ちっとも身にならなかったけどな」
「ああうん、何か小4くらいから始めて惰性で小6くらいまで続けてそうだよね」
「お前俺にどんなイメージ持ってんだよ…」

苦笑いする半田の口元がマフラーから覗いた。白くくもった息は耳元を通りすぎた冷たい風に流され、街頭の古ぼけた黄色の光が半田の赤い鼻頭をうすらぼんやりと照らし出す。

カイロの暖かさが僅かに残るポケットから手を出し、両手に息を吐き出した。少しだけ冷えていたから、やっぱり円堂の手とは違うみたいだ。
そんな実のない話をしつつダラダラと進めた足は、コンビニの強烈な明るい光に吸い寄せられるように扉をくぐっていた。

半田は「あったけー」などと呟きながらアイスの方へ歩き出す。寒い寒いと言っていたくせによく分からない。
自分はというと、半田とは対照的に温かいものが欲しかったので、ホットココアを手に取りレジに並んでいた。
テープでよろしいですか、という声に肯定しつつ、ふとレジ脇のケースに目をやる。財布を出しながら「すみません、」と目当てのものを頼み、なんだか妙に満ち足りた気分になりながら店を出た。

「半田寒いくせにアイス買ったの?」
「寒いからこそアイスなんだよ」
「ふうん……」

とりとめもない言葉を二言三言交わし、隣を歩いていた半田がプルタブを開ける音の後に思い付いたように口を開いた。

「マックス、さっきあんまん買っただろ」
「え、」

いきなりの指摘に思わず足を止めれば、半田はにやりとしながら「やっぱり」と笑った。

「なんかそんな感じしたからさ」

そう言った半田の掠れ声は、少しだけ鼻声混じりに笑っていた。


::110915

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