小説―稲妻 | ナノ

「監督が結婚?」

部活終わり、部室でそれを聞いてしまった。安藤と西野空が冗談まじりに話しているのを、聞いてしまった。

「そうみたいだよ。なんか安藤が職員室で話してるの聞いちゃったらしくてさあ」
「でも監督、そんな話してたっけか?」
「おいお前たち、本人のいない所で噂話は…」
「あーあー、真面目だねえ喜多くんはぁ」

西野空がそうやって喜多をからかう声が、まるでセロファンか何かのように剥がれていくようだった。部室に満ちている様々なトーンの声も、次第に霞みがかって聞こえなくなっていく。ワイシャツを羽織る動きのまま一時停止されたように動けず、頭の中を先程の西野空の声が支配していった。

「星降、どうした?」

着替えを済ませた喜多の声で一気に現実に戻された。表情を見ると心配そうに眉を潜め、俺が止まっているのを不思議に思ったらしいことが分かる。

「…ごめん」
「大丈夫か?」
「駄目だよ優しい喜多くん、星降はねえ今ブルーだから」
「どういう事だ?」
「西野空後でしばく」

喜多に絡んできた西野空の冗談を(あながち冗談も間違いではないが)脅しで返しながら、ブレザーを羽織った。

「あいつらの相手してたら持たねえぞ。ほっとけ」
「…分かってる」
「…何か上手いこと言えないけど、まあ何だ、…ドンマイ」
「隼総知ってるか、フォローが逆に傷つくこともあるんだぞ」
「マジでか。忘れてくれ」

部室を出る時に隼総に肩を叩かれたが、隼総にしては珍しい妙な優しさが逆に心をグリグリと容赦なく抉ってくる。そういうところ喜多に影響されてるよな、と呟けば、「何を」と冗談混じりに額を小突かれた。
その表情がいつもと変わらないから余計に痛みは増すばかりだ。下手げな慰めよりもどうか一人にしてほしかった。

だって、馬鹿みたいじゃないか。一回りも年上の人に失恋して、慰められて、こんな寒空の下男だけで帰るなんて。


ちゃんとした説明は翌日にあった。監督がいない時に部活のメンバーが集められて、顧問に話を聞かされた。

顧問が言うには、結婚式自体は冬休みに挙げるらしい。どう足掻いても生徒が式に参加することは叶わないのだが、代わりにサッカー部で手紙を送るのだそうだ。

だが、何かが起こって式に参加するより、こっちの方がいいと本当に、心底思った。自分の知らない監督を見たくない、というか、その相手の顔を見たくないというか。
つくづく幼稚な考えだが、それがきっと一番いい。きっと、一番正しい。

「かーぐやちゃん、残念だったねぇ。晴れ姿見れなくてさ」
「……」
「いだだだだだだやめてやめてギブギブ」
こいつは本当に空気を読まない。西野空の言葉に心の血管がブチッと音をたててちぎれた。そのまま後頭部をひっ掴んでうつぶせにし、首関節を締め上げる。いわゆる腕極め式顔面締めというやつだ。離してやるとゼエゼエと息を吐きながら「冗談だってば…」と抜かすので前髪を掻き上げてデコピンをかましてやった。

その様子を見ていた隼総に苦笑いされながらため息をつく。息に乗せて自分の中にぐるぐると渦巻いている感情の泥水も吐き出してしまいたかった。


何を書いたらいいのか分からないまま真っ白な便箋と睨めっこをし、おおよそ似合わない封筒の口を何度も指でなぞるうちに、結局手紙の回収日になっていた。

おかしくなってしまっているのだ。
言いたいことはたくさんあるはずなのにまとまらないし、それにそういう全てを言ってしまったら終わってしまう気がする。
何よりそんな幼い感情を向けていい相手じゃないのだ。これから幸せになる人へ、ぐちゃぐちゃな感情の塊をプレゼントされて何が嬉しいものか。

そうやって気持ちだけが先行してしまい、真っ白なままの便箋は俺の指の指紋だけがベタベタとくっついていることだろう。
それは幼稚な恋の終わりには滑稽なほどお似合いで、紙面の線を見て苦笑いをしてしまうほどだった。

いくらからかわれようとも、下手な慰めを受けようと、決して否定したくはなかった。多分それが本心で、伝えたいことで、下手くそな恋だった。
だから便箋に書かないことは、一番伝えたいことは封筒に入れることはしない。

二番目に伝えたいことを書いた手紙を白い封筒に折り畳んで入れる。一番伝えたかったことは丸めて捨てられた沢山の便箋のように、間抜けにぐしゃぐしゃになったまま、それでもごみ箱に捨てることができないままなのだ。


『幸せになってください』


::110903
友人の頼みで書いた星降→監督



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