小説―稲妻 | ナノ

『磯崎、背中が痛むんだって。』

磯崎は俺と篠山が万能坂に派遣されて少ししてからやってきた、万能坂のキャプテンで俺たちの仲間。磯崎は組織に従順で真面目な性格を買われて、万能坂への派遣組のリーダーに選ばれた。

そんな磯崎のことだから仕事熱心なのは構わないのだけれど、さすがに身体を壊すまで酷使するのはどうかと思う。それに俺は磯崎のことを仲間だと思ってるけど、磯崎がそうとは限らないのだし。
だってあいつは仕事をこなしている、そういう感覚でやってると思うんだ。そういう部分を評価されたのだし、実際それで上手くこのチームは回っているから。

でもやっぱり、それは少し寂しいと感じる。だって少なからずチームのメンバーは磯崎のことを好きだから。俺だって磯崎のこと好きだから、そういう痛みだとか調子が悪いことを我慢しないで言ってほしいと思う。

磯崎は自分の気持ちをあまり言葉にして出さない。何が好きで何が嫌いとか、嬉しいとか楽しいとか、苦しいなんて絶対に言わない。
以前それを指摘したら、少しだけびっくりしたように目を丸くして、やがてそれが眉の下がった笑顔に変わった。それで、「口に出さなきゃ伝わらないもんな」と漏らした。
だけど馬鹿な俺は表面だけ磯崎の心をなぞっていただけで、あいつが本当に言いたいことも、言えなかったことも全部全部喉の奥に張り付いたまま笑ってたなんて知り得なかったんだ。


だけどさ、今ならその意味分かる気がするんだよ、磯崎。

見てしまったんだ。いつも最後に残って着替える磯崎の背中。そこには無数の傷痕が這っていて、古いものから新しいものまで数え切れないほどだった。一際目につくのは斜めに大きく引かれた赤い線で、ああこれのせいか、と何となく理解した。
その瞬間には俺の身体は動いていて、制服のシャツを羽織った背中に飛び込んで、覆うように抱きしめていた。

「ごめんな、俺たちずっと一緒にいたのに、分かったつもりで何にもできなくて、ごめんな」

知ったんだ。
どういう気持ちであんな風に笑ったのか、どういう気持ちで言葉を零したのか。そういうの全部、口にできなかったことも。

だからさ、磯崎。これからはリーダーとかキャプテンとかじゃないよ、そんな一方的な関係じゃなくて、友達として向き合っていきたいんだ。
そうやって一つ一つを一番近くで呟いたら、「……そうだな、」と短い声が返ってきた。その声はいつもと同じ、俺たちの好きな落ち着いた低さで耳を撫ぜる。
でも抱きしめた背中がほんのちょっと震えていたのがシャツ越しに分かったから、やっぱり少しだけ泣いていたんだと思う。



::110822
Thanks:たとえば僕が

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