神に仕える身としては、信仰心や祈りはこの上なく大切にしなければならない。それはつまり神を信じるということだ。それが聖職者のあるべき姿なのだろう。だからこの状況もすんなり受け入れて、介抱してやるのが一番のはずなのだが。 「…だ、大丈夫ですか?」 「……」 朝、教会の扉を開けて真っ先に見たのは、教会の前に倒れ伏す少年の姿だった。真っ黒な服を纏い、酷く痩せて、燃えるような深紅の髪は艶を失っている。 今までになかったことに瞬きをして、状況を飲み込もうとする。びくともしない身体は、まるで死んでいるかのようだ。首筋に指を当てるとまだ脈はあったし、息もあるようなのだが、この近辺に病院などない。体力が戻るまで休ませなければ、とは咄嗟に思い浮かんだことだ。僕も大概予想外の事態に弱い。 「立てますか?とりあえず中に、」 「……は、」 「は?」 「……腹減った……」 * 「うめえー!何だこれめちゃくちゃうめえ!」 「それは有り難いんだけど、そんなに慌てなくてもお皿は逃げないよ」 ガツガツとシチューを掻っ込む彼は、扉の前で短く呟いたかと思うといきなり倒れた。その後意識がないはずなのにやけに軽い身体を引きずるようにして建物の中に入れ、とりあえず浴槽に放り込んだ。空腹時に体力の使うことは本来駄目なのだけれど、あまりにも汚れ過ぎていたので我慢ならなかったのだ。 まるで動物か何かを洗っているような妙な気分になったが、そのかいあって随分と綺麗になったものだ。手を引いてテーブルの前に座らせると、彼はその金色の瞳を子供のように輝かせた。 そして現在に至る訳なのだが。 「君、どうして倒れていたんだい?家はどうしたの?」 「あー、それなんだけどさ」 彼は空になった器とスプーンを置き、まっすぐに僕を見た。 「俺、吸血鬼なんだわ」 直後、街の鐘が鳴り響いた。その音が鳴り響いている間、まるで時が止まったかのように噛み合った視線を逸らせない。鐘の音が消えると、彼は僕を見つめたまま器を差し出して「おかわり」と呟いた。僕はそのまま固まったままだ。本当に時間が止まったようだ。だって彼は、今何て。 「…馬鹿にしてる?ここがどこか分かるよね?」 「いや事実だって。別に吸血鬼が皆十字架ダメだとかにんにく嫌いな訳じゃねえよ」 「……マジ?」 「マジもマジ」 思わず俗っぽい言葉を口にするくらい戸惑っているのが自分でも分かる。彼の器を手に取り、半信半疑の自分に言い聞かせる意味も含めて、彼に問いかけた。 「吸血鬼っていうなら、何で血を飲まずに人間の食べ物を食べるのさ」 「血は吸血鬼にとっての生命線だけど、まあ言わば栄養みたいなもんなんだよ。ずっと飲まないとやばいけど、普段は人間の食い物でも構わねえんだ。ていうかむしろそっちの方が美味いっていうか」 人間食慣れしちまったからかなあ、と一人ぼやく彼を横目に考える。確かに人より犬歯が鋭く、耳も尖っている。おおよそ僕らのイメージする吸血鬼からは程遠いが、そんな事を考えている内に彼が再び口を開いた。 「あんた名前は?」 「…アフロディ」 「俺はバーン。なあアフロディ、あんた俺の食事になってくれねえか?」 「はあ!?」 いきなりの提案に思わず器を落としてしまった。だが今はそんな事気にしている余裕などなかった。 「言っただろ、血がないと駄目なんだ。もう随分血を探して歩いてきたけど全然駄目だったんだよ」 「君、襲うってことはしないんだね?」 「当たり前だろ!そんなのフェアじゃねえ。互いの利益を重要視したいんだよ、俺は」 「何か妙に人間臭いね…」 「なあ頼むよ、あんたしかいないんだ」 尖った耳をしゅんと垂らして、子供のような表情で両手を合わせる。その潤んだ瞳をばっさり切り捨てる事ができる訳もなく。 「…仕方ない。ただし、君の言う通りフェアにいこうか。君にはここで働いて貰うからね。僕の知り合いに退魔師がいるんだけど、変なことしたら即彼を呼ぶから」 「分かったって!ちゃんとやるからエクソシストだけはやめろよな!」 そう言って動揺する人間臭い吸血鬼の瞳は、まるで満月のように金色に輝いて、僕の姿を切り取っていた。 ――― 「ぶらっでぃー×いれぶん!」様に提出させていただきました。素敵な企画をありがとうございました! |