小説―稲妻 | ナノ

(夏未とロココ)

「ナ、ナツミ!」
「ロココ?あなた一体どうしたの」
「ナツミを見送りに来たんだよ!」
FFIが終わって、ライオコット島に来ていたチームはもうほぼ帰国していた。残っているのはジャパンと僕たちだけじゃないだろうか。そしてそのジャパンももう帰国準備万端で、さあ帰りましょうというところで僕が着いたのは、全てのはじまりだったライオコット空港。
「だってもう帰るんでしょ?会えなくなっちゃうんでしょ?そんなの寂しいよ、だからもう一度ナツミに会いたくて一人で来ちゃったんだ」
「あなた…」
ナツミはチームのみんなに先に行くように促し、走り疲れてしゃがみ込む僕に合わせて屈んだ。そんなナツミの大きな眼を見つめたら、ここに来た本当の理由を思い出した。
「これ、思い出になるような物思い浮かばなかったんだけど…」
僕がポケットから取り出したのは、コトアールエリアに咲いていた小さな白い花。走ったせいか少し萎えてしまっていて、格好がつかない。
「これを私に?」
「…き、気に入らなかった…?」
「いいえ、ありがとうロココ。でもこれは食べ物じゃないから、分かっているわね?」
「わ、分かってるよ…!」
彼女にしては珍しく冗談を言って微笑んだ。その手に握られた花は、彼女のワンピースみたいに白かった。

(春奈と佐久間)
「春奈ちゃんは私服でスカート履かないんだね」
「そう、ですね。あんまり履かないですね」
「何で」
「んー…何ででしょう、動きづらいからですかね」
この間の親善パーティの時の話、どこから聞いたんだろう。佐久間さんとはお兄ちゃんのこともあってそれなりに話すけど、こんなサッカーと関係ない話をするのは初めてだから何だか新鮮だ。
「着ればいいのに。似合うと思うけど」
「そうですか?」
佐久間さん専用のボトルはペンギンマーク。それを手渡しながら、佐久間さんの涼やかな声を聞いた。スカート、別に持ってない訳じゃないけれど。
「なら今度デートでもしますか?」
「鬼道が怖いからやめとくよ」
「あはは、私もです」
私の冗談に佐久間さんは破顔した。単なる冗談のつもりだったけど、彼となら動きづらいスカートを履いて出かけるのもいいかもしれない。

(秋とマーク)
確か一之瀬くんのところのキャプテン、だったはず。初めて見た時は凛々しくて格好いい男の子だな、なんて思ってて、多分それは今も変わらないんだけれど。
「初めまして、カズヤから聞いてるよ。君がヤマトナデシコ…」
「は、初めまして…」
一之瀬くん、何か変なこと教えてない?目の前の子、何だかこの前と違う。なんていうかそう、目がすごく、キラキラしてる。
「ミス・キノ。一生のお願いだ」
「は、はいっ!」
「オレと一緒の味噌汁に入ってくれ!」
ほら、絶対変なこと教えてる!そして微妙に間違ってる!もうなんて答えたら良いのか分からない。綺麗な瞳の重圧はすごいし、いつの間にか手は握られてるし、土門くん早く来てくれないかなあ…

(冬花と不動)
このチームに入った時から分からねえ奴だと思っていたが、いよいよもって訳が分からなくなってきた。いや、理由は分からなくないが、何で今このタイミング?そんで何で1対1?
「不動さん、私とお父さんのこと久遠って呼びますよね」
「だったら何だよ」
「分かりづらいですよね。久遠、二人いるし」
「別にそんな事ねえよ。監督って呼べばいい話だろ」
「監督は響木さんもいます。だから私の事は気軽に冬花って呼んでくださいね」
ニコニコと笑う目の前の女は、か弱いふりして実は相当ヤバいんじゃ、と思うことがある。今この状況、全く意味が分からない。
「何で今俺にだけ言うんだよ」
「だって不動さんだけですから、苗字で呼ぶの」
首を傾けて囁くように言われた言葉が、妙にチクリとした。やがて気が済んだのか立ち去ろうとした奴は、去り際にまたいっこ爆弾を落としていきやがった。
「私も不動さんのこと、明王くんって呼びますから」
笑顔でさらりとすごい事言うな。監督に殺されるっつうの。

(愛と風介)
風介さんが偉そうなのは昔から変わらないけど、最近ちょっと丸くなったと思う。どこが、って聞かれると唸ってしまうけど、多分色々な部分のトゲが少しずつ削られていってる、ような気がする。例えばそれは試合中に見せる態度だったり、言葉遣いだったり、それはもう沢山あるんだろう。そして私はそんな最近の風介さんを、何故か可愛いと思い始めていることに気付いた。
「今度、久々にお日さま園でキャンプに行くんですって」
「ほう」
「みんなでお弁当作りますね。何かリクエストありますか?」
「そうだな…具入り卵、と、タコさんウィンナー」
ほら、またタコさんとか言ってる。そんな可愛く言われたら無駄に張り切っちゃうんですからね。

(ルシェとデモーニオ)
フィディオお兄ちゃんもデモーニオお兄ちゃんもなぜだか私のことをぎゅってしてくるの。デモーニオお兄ちゃんは目に包帯を巻いてて、私をぎゅってしながら少しだけ震えてる。私も目が見えなかったとき包帯をしてたことがあるからわかるよ。デモーニオお兄ちゃんも、光がみえなくてこわいんだよね?だから、私がデモーニオお兄ちゃんのこわいの取ってあげたい。きっと私なら、こわいの分かると思うから。
「お兄ちゃん、光が見えないの、こわいね」
「…ああ、光が無くなっちゃったんだ」
「ルシェの光、分けてあげられたらいいのに」
そう言ったらお兄ちゃんの腕の力がちょっと強くなった。それから、「あの方がくれた光だ、それは君のものだよ」って小さな声でお兄ちゃんは言った。お兄ちゃんの顔は見えないのに、何だか泣いているような気がした。
「…もう、光が見えないんだ」

(玲名と由宇)
黙って立ってれば良いのに、とは何度も思った。気が強くて頑固、おまけに力も強いときた。喧嘩ではまず負けない。そんな玲名もやはり女は女なのだな、とは割と最近思いはじめたことだ。
「…ファッション雑誌とか買うのか」
「……うるさい」
成り行きで目撃してしまったのだが、あれはカジュアルで可愛いと評判の女性ファッション誌ではないか。普段はラフな、それこそシャツにジーンズとかそういう格好をしているのに、一体彼女の中で何が起こったというのだ。
「出ていけ。即刻出ていけ。5秒以内に出て行かなかったらお前のものを再起不能にしてやる」
「わ、悪かったって!でもお前なら何でも似合うと思うぞって話をだな、」
ぐいぐいと押され、もう完全に部屋から体が出たところで言えば、玲名は俯いて(身長的に俺にはつむじしか見えない)小さく呟いた。
「…スカートとかも、似合うと思うのか」
「え?あ、そうだな、お前なら何着ても可愛いんじゃねえか」
「……」
押し黙ったまま僅かに時間が過ぎた後、気まずい中玲名が踵を帰した。
「……馬鹿」
ドアが閉まる直前に見えた横顔が少しだけ赤かったことに、一瞬だけ心臓が止まったかと思った。ドアの音で我に帰り立ち尽くす。
何だ、あいつあんなに可愛いかったか?

(小鳥遊と少弐)
小鳥遊さんが泣いてた。あんなに強くてかっこいい人が、小さくうずくまって肩を震わせていた。男たちを押し退けてレギュラーを勝ち取った彼女の強さに憧れていたのは、他でもない俺自身のはずなのに。今更気付いたことは、俺は彼女の強い部分しか見ていなかったということだ。だから彼女を弱く見せる誰かが、不謹慎にも少しだけ羨ましい。俺は結局、あの人の強い部分しか教えてもらえなかったんだ。

(瞳子)
「私、結婚しようかと思うの」
兄さんの遺影はそんな戯言にも反応せず、ただ私がとうに過ぎてしまった頃のままの笑顔を向けていた。兄さんが今ここにいたら、どんな風に大人になって一体私に何と言っていただろう。驚くだろうか。分からないけれど、優しいあの人のことだからきっと笑ってくれるはずだ。そして私はそんな兄さんが今でも大好きで堪らないのだ。
「…ごめんなさい、嘘。まだこの指は兄さんに預けておくわ」
左手の薬指は、多分これからしばらくは殺風景のままだろう。私もまだ兄さんの前では当分大人になれそうにない。


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